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国際協力出版会編集部 富田 映子さん(東京都大田区)

【略歴】前橋市出身。前橋女子高、津田塾大卒。マドリード大ディプロマコース修了。JICAの関連組織勤務を経て、97年版から「人間開発報告書」日本語版の翻訳・編集を担当。

「貧困」の意味


◎社会全体の「豊かさ」を

 国連開発計画(UNDP)が発行する『人間開発報告書』は、世界各国の貧困度を測る人間貧困指数(HumanPovertyIndex=HPI)を発表しています。

 この指数のユニークな点は、「貧困」をお金がないこと(所得貧困)ではなく、人間らしい生活をするのに必要な物(事)がない(はく奪されている)状況であると定義し、そうした人間の生活全体の貧しさ(人間貧困)を測ろうとしていることです。ですから、「人間貧困」では、社会との接点が奪われていることも「貧困」になります。富の蓄積だけでは解決できない「貧困」が、豊かな国にも存在することを示唆しているのです。

 先進国向けの人間貧困指数は一九九八年に発表されました。この指数(HPI)を見ると、先進諸国でどのくらいの割合の人が人間らしい生活ができずにいるのかが分かります。日本は、二〇〇五年の「人間貧困」に苦しむ人の割合が11・7%で、先進国十八カ国中十二位でした。人間貧困者の割合が一番少ないのはスウェーデン。一番多いのが米国であるのは発表以来、変わっていません。

 では、先進国向けのHPIは、どのようにして算出されているのでしょうか。実際には、四つの側面に注目し、算出しています。すなわち、(1)所得が平均の半分以下の人の割合(稼ぐ機会が十分にないことからくる低所得状況)(2)生活に必要な識字能力のない人の割合(不十分な教育が原因で必要な知識や情報が得られない状況)(3)六十歳まで生存できない出生時確率(長生きできないためにやりたいことが中断される状況)、そして(4)十二カ月以上の長期失業率(社会の中で疎外されるという人間の尊厳にかかわる状況)です。

 もちろん、これ以外にも人間らしい生活を阻害している要因は数多くあります。自然の破壊、言論の自由のはく奪、余暇時間の不足、秩序の悪さなど、簡単に数字でとらえられない側面もあり、本指数はこれらをとらえきれてはいません。しかし、HPIは「貧困」を経済的窮乏だけでなく、より多角的にとらえようとしているといえます。

 各国を所得順に並べた場合と、HPI順に並べた場合では、明らかに順位が異なります。社会的弱者が力をつけていけるような支援策を持つ国と、基本的に個人の自助努力に任せる国とでは、貧困や社会的疎外に苦しむ人の数は異なってきますし、国民の健康や教育より軍備を重視する国の方が「人間貧困度」は高くなるでしょう。

 日本は均一な社会といわれてきましたが、最近では格差の拡大を懸念する声があります。そしてそれは、人間の生活に対する社会全体の姿勢に関係があるように思います。国全体の富は同じでも、弱者の存在より強者の成功に目を向けるのか、富の再配分によって社会全体の均衡を図るのかで、豊かさの様相が異なります。

 しかし、際だった格差社会は不安定を生み、日常生活に大きな影を落とすことを考えると、社会全体の「豊かさ」こそが、私たち一人一人の生活の質を保障するには欠かせないのではないでしょうか。

(上毛新聞 2006年3月4日掲載)