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鈴木服飾学園理事長 鈴木 良幸さん(前橋市表町)

【略歴】前橋市生まれ。小笠原流礼法を学び現在、礼法研究家(総師範)。学校法人鈴木服飾学園国際ファッションアート専門学校理事長。礼法の著書多数。


食生活

◎かしこまらずに楽しむ

 「ハンバーガーの食べ方、おにぎりの食べ方の正式な作法は、どうすればよいのですか?」。以前、あるテレビ局の番組取材で、こんな質問を受けたことがある。この種の質問は、いささか返答に困るのである。なぜなら、こういうものに作法を当てはめようとすることに無理があるからだ。

 そもそも、にぎり飯は手軽に持ち歩け、田畑や山仕事、旅の途中にどこでも道具を使わずに食べることのできる、いわば機能的なアウトドア食として考案されたもの。サンドイッチもヨーロッパの貴族(サンドイッチ伯爵)がトランプに興じて、ゲームをしながら食べることのできる軽食として考案したものと聞く。

 ハンバーガーもハンブルクステーキをパンに挟んで、わざわざ食卓につかなくても食べられる手軽さが人気となった食べ物、ホットドッグも同様である。これらの食べ物をフィンガーフードというのだそうだが、作法抜きで気軽に食するために考案されたものに、厳格な食作法を持ち込んでもあまり意味がないのである。

 要は、日本古来の常識の範囲で振る舞えばよい。食べる場所をわきまえる、食べ物をくわえたまま歩き回らない、ごみを散らかさないなど、常識で行動することであって、作法とは別の次元の話なのだ。もっと簡単に言うと、行儀の悪い行動を慎むことに尽きる。ただそれだけである。

 どうも、これでは番組にならないらしい。作法の先生とやらが物々しく、「おにぎりの持ち方はこう、かじり方はこうやって」などとマニュアルのように、もっともらしく解説する姿を想像すると、何ともこっけいだ。テレビ的には面白いだろうが、これでは作法の歪曲(わいきょく)である。

 食作法が書物として登場するのは、鎌倉時代。禅の規範書『百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)』が渡来し、小笠原流に代表される武家礼法に多大な影響を及ぼした。その中に「赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)」というくだりで厳格な食作法が登場する。足利時代になると「御招待配膳(はいぜん)」という形で食のもてなし作法が確立し、食事に臨む側の作法も高められていくことになる。食べる順序の決まりから、食はみ音を立てない食べ方、ユニークなものでは食べ物をかみ切るときに月の輪のような食み跡を残さない食べ方など、いわゆる箸(はし)の上げ下ろしまでうるさくなるのである。

 現在でも箸の文化の根底に、この観念が息づいている。そんなことから前述のごとくに食べ物の種類によって何か特別な、正式な作法があるかのように錯覚するのであろう。

 実は、おいしい食べ方のこつや上手な食べ方としてのテクニックなど、食通といわれる食べ方が知りたいのであり、正式な作法を求めているのではない場合が多いのである。食事は楽しく食べたいもの。作法にとらわれ過ぎた食事はおいしくない。時には作法も邪魔になるのである。あまり、かしこまり過ぎずに食生活をエンジョイしたいものである。










(上毛新聞 2006年5月22日掲載)