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日本画家 上野 瑞香さん(富岡市七日市)

【略歴】東京芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻日本画第三研究室修了。05年3月より富岡市内にアトリエを持ち、現在は個展、グループ展を中心に活動。


リンゴは何色?

◎あらためて観察しよう

 あなたは、チューブから出したままの絵の具で描いた真っ赤なリンゴを見て、「おいしそう」と思うでしょうか。

 以前、教えていた小学生の絵画教室で、あるお母さんが自分の子供の描いた絵を見て、言いました。「Rちゃん、アスパラは紫じゃなくて緑でしょ。気持ち悪いなぁ」

 その日の課題は、赤青黄の三色だけを使って、アスパラガス二本を、よく観察して描くというものだったのです。その絵はお母さんが来る少し前に、よく見て描けたと私がすごく褒めたばかりでした。実際、そのアスパラガスはとてもよく観察して描けていて、形といい色といい、実においしそうな、その子にとっても、ほかの子から見ても、今までで一番の出来でした。

 「子供の方が案外、真実を見ているものかもしれませんね。このアスパラガスは先の方が確かに紫なんですよ。本当によく見て描けていますよ」。私はすかさず、お母さんにそう言ったのですが、時すでに遅く、Rちゃんは今にも泣きだしそうな顔をして、深くうつむいておりました。

 そのお母さんはそれ以前にも、絵の具は混ぜすぎると色が汚くなるからやめなさいだの、これから子供が描くモチーフを見て「うわっ、大変そうっ。今日のは面倒くさそうだねぇ」などと、子供たちにやらせたいこととは全く逆のことばかりを言う。私にとってはかなりの強敵、要注意お母さんでした。

 いくら私に褒められても、しょせんは週に二時間だけの先生。自分でよく描けたと思ったものを、母親に気持ち悪いと言われてしまったら…。おそらく大人の私でも、もう二度とアスパラに紫は塗るまい、もう描くまいと心に固く誓うでしょう。

 もし、本当にそのお母さんが言うようにチューブから出して少し混ぜただけの緑でアスパラガスを描いたとしたら、それはうそっぽくて毒々しい、食べたら死んでしまいそうな、アスパラガスの形をした別のものになってしまうでしょう。

 それではもう、アスパラガスではありません。アートとしては、あるいは成り立つのかもしれません。しかし、よく観察して描く、アスパラガスを知る、ということにはなりません。

 近ごろ、ようやく無農薬栽培などの野菜が多く出回るようになりましたが、どうしても日本人は不必要な形の均等性や、不自然な色の均一性に引かれる傾向があるように思えてなりません。それは、じっくりとよく形を見る観察力の低下や、微妙な色の変化を感じ取る感覚の低下を表しているのだと思います。

 今は多くの色がはんらんし、自分で作ったりせずとも出来上がった色があってくれる。かつて障子から差し込む柔らかい光の中で、色を確実に区別し、少ない色数の中で多くの色をつくろうと工夫していた、あの感覚を失いつつあるのではないでしょうか。

 ここでもう一度原点に立ち返って、あらためてよく見慣れた物を観察してみてはいかがでしょうか。

 あなたはリンゴを何色だと思っていましたか。言うなれば、リンゴ色です。これを機会に、じっくりと見直してみましょう。育った環境で日なたリンゴ色もあれば、日陰リンゴ色もあるかもしれません。






(上毛新聞 2006年6月18日掲載)