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三宿病院薬局長 鎌田 泉さん(東京都大田区)

【略歴】桐生市出身。桐生女子高、東京理科大薬学部卒業後、薬剤師国家試験合格。国家公務員共済組合連合会虎の門病院勤務を経て、03年から三宿病院薬局長。


妊娠から授乳期の薬剤

◎母親の立場で考えたい

 妊婦にも安全な睡眠薬とされたサリドマイドが胎児奇形を生じ、大きな問題となったのは一九六〇年代初めのことです。現在、このサリドマイドが白血病などの悪性疾患に有用と分かり、日本での再発売も間近と考えられます。ただし、妊婦への有害作用は現在も同じですから、妊娠可能な女性が誤って服用することのないよう、厳重な管理が必要です。

 催奇形性は薬剤の毒性データに加え、妊娠のどの時期に服用するかで、ある程度の予測が可能です。疾病のある方が妊娠を希望される場合は、専門の医療機関であらかじめ相談されることをお勧めします。

 授乳婦も注意が必要です。先日「授乳中なのですが帯状疱疹(ほうしん)の抗ウイルス薬はどうしましょう?」という質問がありました。男性の薬剤師が添付文書(薬の能書き)を読み、「授乳しないでください」と説明しようとしました。私が相談を引き継ぎました。こうした場合に大切なのは赤ちゃんの月齢で、このお子さんは二カ月でした。子育ての経験があれば、この時期の授乳中断は重大な問題と分かるでしょう。服用した薬剤は、ごくわずか母乳に移行します。母乳に混じった薬を飲んだとしても、赤ちゃんの健康に被害を及ぼさない薬物であれば心配はいりません。

 この例では「乳児にも使える薬剤」への変更を医師に勧めました。その結果、授乳を中断せず治療薬も使えることになり、お母さんは安心されました。しかし、ここで重要なのは、帯状疱疹に至ったお母さんの体の問題です。育児に疲れ、休養のとれない母親像を直感的に感じ取れるかが大きな問題なのです。

 「帯状疱疹は体の警告サインです。大変な時期だと思いますが、お母さんも休養をとりましょう。薬が必要な病気なのだから家族にも家事を手伝ってもらいましょう。ミルクの方が楽なら、ミルクも使いましょう。育児を楽しめるよう、心の健康にも気をつけましょう」と、時間をかけてお話ししました。

 日本の少子化は予測を超えて急激に進みました。お産のできる病院の減少が、それに拍車をかけることも案じられています。少子化により労働人口が減少し、社会保障費が目減りすることは、行政担当者にとっては大きな心配事でしょう。しかし、母親は社会保障制度へ貢献するために子どもを産むのではありません。「食育」も大切なキーワードですが、解決策抜きに母親を批判することは、子どもを産みはぐくむ熱意を奪うと感じられます。

 有識者と言われる世論のリーダーは、男性であることが多いですが、身の回りの始末も含め、家庭で炊事や育児をどの程度分担されているでしょう。体験に基づかない理論や学問は、母親の動物的直感にアピールしません。テーラーメイド医療と呼ばれる個別治療が提唱されています。同じ病態でも年齢や環境で対処法は千差万別です。「医学の学問性を優先し人間性が置き去りにされる」ことのないよう、心の通う医療を目指したいものです。






(上毛新聞 2006年7月4日掲載)