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前橋工科大学情報工学科講師 松本 浩樹さん(吉井町下長根)

【略歴】千葉工業大卒。85年沖電気工業入社、音声処理関連研究開発に従事。3年間、前橋工科大設立準備委員を務め、97年から現職。北関東IT推進協議会委員。

マルチメディアの進歩

◎自分の意思で生活を

 古今和歌集の名歌の一つに「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という和歌がある。藤原敏行の作品だ。われわれの感覚からすれば、九月中ごろのことを詠んだ和歌のように感じるが、実は八月の初旬つまり立秋の時期を詠んだ和歌である。九月中ごろともなれば、すでに「目」に見え始めている。つまり、視覚が感じ取れない時期に、聴覚が秋を感じ取ったことを表現した作品ということである。

 もしかすると「風の音」という表現は単純に音だけではなく、「風の肌触り」や「風のにおい」とも相まって聴覚のみならず触覚や嗅覚(きゅうかく)をも刺激していたことを表現しているのかもしれない。

 さて、人間にとって五覚、すなわち視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のうち、一番優れた感覚は何であろうか。ほかの動物に比べ、圧倒的に優れているのは視覚である。この和歌を情報学の立場から眺めたとき、一番優れた感覚である視覚で認識する前に他の感覚で「秋」を認識しているところに作者の非凡さがあると評することができる。

 そもそも季節は、少しずつ少しずつ連続的に移り変わっているわけで、ある日突然、「秋」になるわけではない。人間がいつ「秋」を認識するかという問題なのである。つまり、われわれは「目」に見えるようになってからでないと「秋」を認識できないのに対し、敏行は「風の音」でとても早い時期に「秋」を認識しているので素晴らしいということである。

 マルチメディアの移り変わり、すなわち進歩はいかがであろうか。パーソナルコンピューターは、頻繁にバージョンアップが行われ、携帯電話は次々に新機種が登場している。他のマルチメディア機器も同様だ。しかしながら、これらの使い方が毎回大幅に変更されることはない。マルチメディアが登場し始めたころはそういうこともあったが、今はない。なぜならば、大幅な変更を急激に行うとユーザーに大きな負荷がかかり、その結果、商品が売れなくなってしまう。だから、メーカーもそんなことはしない。

 一方で、その機能は確実に進歩している。すなわち、携帯電話やパーソナルコンピューターを用いたテレビ電話機能など、できることは着実に増加している。興味のある人は、「新機能」すなわち「秋」にすぐ気がつき、活用するのである。ところが、バージョンアップ前の機能しか使うことに興味がない人、つまり一般的な人にとっては、何も変わっていないのである。ある日、その機能の素晴らしさに、すなわち「秋」に気づき驚くということになるのである。

 では、季節やマルチメディアの移り変わりに対して常に敏感でなければいけないのだろうか。否。別段そんなことに気を払わなくても、楽しく生きていける。自分が気づいたときが「秋」、使いたい時が「新機能」なのだ。周囲に振り回される必要などない。すでに、自分の意思で生活スタイルを決めてよい時代に入っているのではないだろうか。






(上毛新聞 2006年9月12日掲載)