視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
市立伊勢崎高校顧問 吉田 洋子さん(伊勢崎市曲沢町)

【略歴】足利市出身。旧赤堀町曲沢に嫁ぎ、2男1女の親。県精神医療センターに勤める。今年で25年目。社会生活技能訓練リーダー。

元レーサーから学ぶ

◎励まし合って生きたい

 市立伊勢崎高校では毎年、地域の方もお誘いしてPTA主催の「公開講演会」を伊勢崎市文化会館で開いている。昨年は前橋市出身の元レーシングドライバー、太田哲也さんをお招きした。

 太田さんはフェラーリを乗りこなし、四年連続でルマン二十四時間レースに出場するなど「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた。一九九八年五月三日、富士スピードウェイで開催された全日本GT選手権第二戦で多重事故に巻き込まれ、全身の40%に第三度の熱傷という瀕死(ひんし)の重傷を負った。度重なる手術、さまざまな身体的、精神的苦痛を乗り越えて、心身とも奇跡的な回復を遂げた人である。

 講演を前にして、太田さんにお会いした。黒のサングラス、両手に黒い手袋…。顔面や手はいまだに引きつるらしく、これほど大やけどした人は見たことがない。よく助かったものだと思った。

 その太田さんがにこっと笑い、「今の高校生に伝えたいことを話せばいいんですね」と言った。目の奥がきらっと光り、優しい穏やかな表情だった。

 講演会は、爆音とともに衝撃の映像から始まった。雨の決勝レース中の事故だった。会場はシーンと静まり返った。初めて目にするレース事故…。ここから生還した太田さんの話は、どんな内容なのだろうと思った。リハビリを重ね、レースに復帰した貴重な体験は想像以上のものだったに違いない。

 華やかなレース時代から突然、どん底に落ち、人の冷たさ、温かさ、家族の大切さを痛切に知った太田さん。復帰するまでの話ではあきらめずに、前向きに進んできたことを強調し、「確かに人生はつらい。だからこそ楽しく生きたい」と熱く語り始めた。

 地獄を見た男とその家族は生きる意味を知り、新たなチャンスを手に入れた。大変な経験をした太田さんの生の声だからこそ、心に響いた。「高校生という大切な時期だからこそ、何事にもチャレンジすること」「途中で失敗してもいい。できることから始めよう」「人生いろいろだけど、その中に小さいかもしれないが、必ず幸せがある」と語り、高校生に希望と勇気を与えてくれた。

 講演後、楽屋でコーヒーを飲み、せんべいをおいしそうに食べていた太田さんに花束を渡すと両手で掲げて、最高の笑顔を見せてくれた。その姿は今でも忘れない。私はこれからも、太田さんを応援し続けたいと思っている。

 一家五人が乗ったRV車が飲酒運転の乗用車に追突されて海に落ち、幼児三人が水死するという事故や、殺人事件など恐ろしいことが毎日のように起きている。いつ自分の身に起こるか分からない時代である。そんなとき、自分一人ではないこと、家族や仲間がいること、人間は支え合い、励まし合って生きていることを忘れずにいたい。これも太田さんの講演から学んだ。






(上毛新聞 2006年9月20日掲載)