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8・12連絡会事務局長 美谷島 邦子さん(東京都大田区)

【略歴】正式名称は日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故被災者家族の会。事故で二男の健君を亡くした。現在、精神障害者共同作業所の施設長も務める。精神保健福祉士。

命の貴さ後世につなぐ

◎22年目の灯籠流し

 「お父さん、あすは山に登ります」「今まで見守ってくれて、ありがとう」などとメッセージの書かれた灯籠(とうろう)が、水面を照らしながら流れていく。大きな灯籠には「藤岡おすたかふれあいの会」「高崎アコーディオンサークル」「8・12連絡会」の文字が映る。河原には、あふれるように人が集う。八月十一日に上野村で行われている行事。今年で十三回目だった。

 「漬物、持ってきたよ」「これはおやき、きょう作ったよ」。梅干しの瓶もある。藤岡の婦人会の人たちから手渡される心のこもった郷土食。河原で遺族たちとつまんでみる。「これこれ、この味」と思い、私はメモをもとに何度か家でキュウリの漬物を作るのだが、どこか違う。その微妙な味が、河原ではなおさらおいしく感じる。

 二十一年前、事故機に乗っていた家族のことを思い、心が締め付けられ、何も食べ物を受け付けない。そんな私たちを気遣い、飲み物やおしぼりをそっと渡してくれた藤岡の人たち。同じ手のそのぬくもりが、この灯籠流しを続けてくれる。

 墜落事故で働き盛りの夫を亡くした女性は、二百世帯を超えていた。二十一年の月日、きずなを結び、励まし合ってきた遺族にとっても、この河原は再会の場。事故直後、まだ幼かった子がもうお父さんやお母さんになった。御巣鷹の尾根に登る初老の女性たちを、この子たちがサポートしてくれる。灯籠に書くメッセージに、「孫ができました。お父さんに見せたかった」の文字が読める。

 遺族の高齢化も進む。昨年は一緒に河原で灯籠を流せたのに、今年は河原に下りられず、遠くの橋の上から眺める人もいた。登山道が短縮され、ほっとする遺族も多い。今までは、八月十一、十二日に必ず声を掛け合い、再会を喜び合い、互いに元気をもらっていた遺族。来年はどうだろうかと思うと、寂しさがつのる。

 墜落時刻、灯籠の火が、闇の中でやさしく揺れる。しゃぼん玉を飛ばし、オカリナやアコーディオンが奏でる坂本九さんの名曲「見上げてごらん夜の星を」に合わせ、参加者たちが夜空に向かってペンライトを振る。日航の女性社員が川に入り、灯籠が流れやすいように道筋をつくってくれる。川下では男性社員が、真っ暗な川面から灯籠を回収してくれる。

 本当に多くの人に支えられて灯籠を流してきた。川に流れていく灯籠は、人々の優しさ、犠牲者の命の貴さを後世につないでくれる。五百二十の御霊(みたま)が導いてくれるのだろうか。この行事を通して、安全を求める気持ちに被害者も加害者もないことを教えてもらった、と私は思っている。

 失われた命は戻ってこない。しかし、そこから何かを生かすことはできる。墜落事故から二十二年目。川面に流れていく灯籠の灯が、人々のそんな願いを今年の夏は一層照らしていた。






(上毛新聞 2006年9月23日掲載)