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徳井正樹建築研究室主宰 徳井 正樹さん(高崎市石原町)

【略歴】桐生南高、中央工学校卒。一級建築士。徳井正樹建築研究室(東京)を主宰。新屋根開拓集団「屋根舞台」の舞台監督、ぐんま観光特使などを務める。

対話が生む暮らしの器

◎家族を創る家づくり

 わが家を建てる。この何とも晴れがましい言葉を、もう一度取り戻そう。私には「家は家族時間の貯金箱」という持論がある。かいつまんで言うと、大人から小学生までがスケジュール管理を余儀なくされる現代。家族が一つになって過ごす時間、体当たりする対象、積み上げていく夢の何と少なくなったことか…。一世代前なら、たった一日の運動会や日帰り海水浴などでも家族で大騒ぎしながら味わった時間が、いま目にする子供たちには、どこか手応えなく過ぎてゆく想定内行事のように映るのは私だけだろうか。

 しかしながら、家族にとって多忙極まる時代から自分たちだけ逃げ出すような秘策はないとすれば、その希薄な家族時間を大きく増幅してくれそうな対象をもう一度探してみよう。五年計画の海外旅行でもいい。家族で一緒に耕す家庭菜園や、皆で楽器を習得してのホームコンサートもすてき。けれど悲しいかな日々の生活からすれば、やはりこれらは趣味や時間など特定な条件が整った場合に限られそうだ。では、暮らしに密着したところで家族時間を十分味わえる対象はないのだろうか。

 ある。私の答えは「参加する家づくり」だ。もちろん、これも恵まれた条件には入るが、二十代のご夫婦が家を建てる事例も珍しくない時代にあって、これ以上、家族全員が楽しみを共有できる対象はない。ただ、人生最大の買い物とも呼ばれ、「絶対に失敗しない」に集中するがゆえか、家を自分たちの「夢の対象」からあきらめてしまう人の何と多いことか。一つとして同じ敷地はない家づくりは、いつの時代も人が現場で造る一品生産品。中でもわれわれ建築家が携わり、その家族の価値観や癖、大切な思い出などを織り込んだ家は、毎日早く帰りたくなる安堵(あんど)感を三百六十五日味わうために考え抜いた暮らしの器だ。

 だからこそ、ぜひ家づくりに家族一丸で体当たりしてほしい。その過程で出会うさまざまな業種の人々、そして降りかかる多くの難問。それらと向き合う過程であぶり出される、その家らしい思考と希望を実現するには、家族の真剣な対話と究極の選択を避けることはできない。それらの出来事一つ一つをシチューのようにじっくりと煮込んでいく時間こそが「家族を創(つく)る」と私は考える。つまり、料理と同じく下ごしらえが肝心。実際に建設する前にこそ本物の「わが家づくり」が隠れているというわけだ。そして知識欲旺盛な家族にとって、工事現場はまさに親子で学ぶ実社会科授業。木材の内外価格差から流通問題が、自然素材選びから環境行政までもが見えてくるはずだ。

 群馬は山紫水明、美しい風土に恵まれた希有(けう)な土地だ。その山や川の背景に自分の家が溶け込む風景を想像してみよう。顔の見える多くの人々の知恵を得た一軒の家が建つことが、郷土とその家族の心を豊かに育てることになると信じ、この仕事を続けている。そしてあっという間に二十年がたった。






(上毛新聞 2006年9月28日掲載)