視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
前橋国際大学名誉教授 石原 征明さん(高崎市筑縄町)

【略歴】国学院大大学院博士課程日本史学専攻。県地域文化研究協議会長、「21世紀のシルクカントリー群馬」推進委員。著書に「ぐんまの昭和史上・下」など多数。

昭和という時代

◎良いも悪いも鏡にして

 昭和は激しく変化した時代である。日本の歴史で、こんなに変化した時代はあまりない。しかもその変化の波は大きく、並大抵のものではなかった。

 この時代は一口では言い表せないほど複雑である。平和と繁栄を求めて昭和は始まったが、すぐさま世界恐慌に襲われた。その後、打ち続く戦争と敗戦、大日本帝国の崩壊、平和の到来、食糧難、新国家の建設、民主主義、空前の繁栄、公害と環境汚染、一転して極度の不景気、誠に目まぐるしい変化であった。

 昭和は、色でいえば「赤と黒の時代」であったといえよう。アジア太平洋戦争後、人々は平和と民主主義を謳歌(おうか)し、明るい「赤」の時代を迎えたのである。しかし、背後には食糧難・社会の混乱があり、暗い「黒」の世相がうごめいていた。

 その後の高度経済成長は豊かさをもたらし、生活を一変させた。世の中は輝かしい「赤」で彩られたが、その裏には公害たれ流しによる多くの被害があり、住民は「黒」い汚染に苦しんだ。一方、高速道路・新幹線・インフラの整備は、人々に明るい希望を持たせた。

 昭和の終わりになると、暗い「黒」が世の中を覆った。厳しいデフレによって活力は低下し、それまでの生き方を変えなければならなくなった。

 こうした流れの中でも、特に昭和三十年代からの高度経済成長は、世の中を大きく変えた。所得は増え、生活は豊かになり、「三種の神器」と呼ばれる電気洗濯機・冷蔵庫・掃除機が、これまでの生活様式を全く変えていった。

 個性が尊重され、子供は個室を持ち、そこで生活することが多くなった。それとともに食卓を囲む家族の団らんは失われ、親子の会話は薄れて、家庭の教育力は低下してしまった。

 自由も尊重されたが、責任を伴わない勝手気ままの自由であった。当たり前のことができなくなり、してよいことと、してはならないことの区別がつかなくなった。

 こうした状況は、地域社会も変えていった。隣近所との気持ちのいい付き合いが消え、地域の教育力は低下し、子供は共同体で育てるという観念が乏しくなってしまった。

 豊かな生活を得た代償として、失われたものは大きかった。経済合理性が優先され、心よりモノやカネが大事にされ、犯罪は増加した。ことに年少者や女性に対する犯罪はすさまじく増えた。昔の、人情にあふれ、心のつながりのある世の中は消えていったのである。

 歴史は未来を解く鍵であるという。歴史を振り返ることによって、よりよい未来を築き上げていくことができるからである。昭和時代はまさにこれに当たるのではなかろうか。この時代のさまざまなことを鏡にして、悪いところは繰り返さず、良いところを伸ばしていくようにしなければならないと思う。

 人間の理性や良識を信じ、破滅の道をたどることのないようにしたいものである。






(上毛新聞 2006年10月8日掲載)