視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
少年哲学堂主宰 須藤 澄夫さん(片品村鎌田)

【略歴】朗読劇団片品モナリ座主宰、平成草木塔をすすめる会代表。飯能市助役などを経て片品村教育長。著書「少年の夕方」「抒情的生涯学習論」「尾瀬はぼくらの自然塾」など。

役所に映る寂寥

◎「できる相談」をしよう

 今夏、山形の川西町に何日か遊んだ。目的は、(1)博覧強記で洒脱(しゃだつ)な竹田又衛門教育長に拝眉(はいび)する(2)作家、井上ひさし氏が図書十三万冊を寄贈して設立された町立図書館・遅筆堂文庫と演劇専門のホールを擁するフレンドリープラザを見聞する(3)米沢藩主、上杉鷹山の時代からある草木塔を実地調査する―ことだった。

 このとき、同町において東京在住のピアニストがピアノクリニックと称して二週間ほどの音楽学校を開設していた。全国各地から応募した約二十人が指導を受けていた。フレンドリープラザはこの活動を何年も支援しているという。「面白いですから、のぞいてください」。又衛門氏の薦めにむろん私は従った。

 興味深かったのはピアノクリニックへの支援方法だった。プラザには四台のピアノがあるが、二十人の受講生には足りなかった。それで、町の商工会館にあるピアノが開放された。民間のライブハウスが協力した。学校も貢献した。すでに二学期が始まっていたが、体育館や音楽室のピアノを提供し、子供たちも共に楽しめるようにした。町のある人はピアノを寄付した。宿はホームステイ、公的施設、旅館とこれまた多様だった。その宿からレッスン会場に通うために町職員が自家の自転車を貸し出した。

 ここから見えるものは何か。読者諸賢に説明は蛇足かもしれない。民間と行政が要求と防戦の構図に陥っていないこと、行政内部がセクショナリズムではなく、連携姿勢になっていることなどが見える。つまり、このような面倒はともすれば「できない相談」をしがちなのだが、どうすればできるかという「できる相談」をしていることが分かる。「なせば成る、なさねば成らぬ何事も、成らぬは人のなさぬなりけり」。名君、鷹山の言葉が生きていた。

 「こういうことは特別なPRはしなくてもいいのであって、だんだんに町の人が気がついてくれれば」という又衛門氏のおうようさも、目前の利益を求めない人らしい言で印象的だった。町の雰囲気づくりというものをどうするか、それを深く考えている様子だった。

 ひるがえって、関東北方某県の地方局のような役所で某氏が体験した寓話(ぐうわ)。そこは行政全般にわたる多様な支援をする所と位置づけられているらしかった。それで、彼は教育系芸術文化に関する補助をと平身低頭して願い出た。すると、教育系に支援するのはちょっとと否定的だった。補助金を願い出る人がいないので、ぜひとの話だったのに、何か奇怪だと思いつつも彼は相手にも都合があるだろうからと自分を納得させて引き下がった。

 ところが、あとで分かるのだが、放送大学の関連事業には支援をしていた。あれ、放送大学は教育ではないのかと彼は鼻で笑った。そこの前の長が放送大学の講師を兼職していたからとか、現の長も自分好みの対象には支援するがうんぬんと風が教えてくれたが、彼は寂寥(せきりょう)を感じて耳を傾けなかったという。まさか、そこまでレベルが落ちていまいと。






(上毛新聞 2006年11月15日掲載)