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料理研究家 茂木 多恵子さん(高崎市)

【略歴】高崎市生まれ。跡見学園女子大国文科卒。1981年、フランスに留学し、コルドンブルーで学ぶ。82年10月、クッキングハウス茂木を開設。

食介護

◎根源的な生命力を養う

 介護は、する相手が身内か身内以外の人によって、そして相手の年齢、病状などによって、百人百通りのやり方があります。私の父への介護がお手本になるとは思いませんが、亡くなるまでの六年間、試行錯誤しながら、介護食に真剣に取り組みました。その一端を紹介したいと思います。

 父の晩年、まだ元気なとき、私たちに決め事ができました。(1)一日も長く自然の生活を送る(2)食べられなくなったとき、人工的な栄養補給はしない(3)激痛があるときは痛み止めをする―などです。

 父は八十歳のときに肝臓がんと宣告されました。「肝臓に負担がかからない食べ物を」と考え、魚でタンパク質をとるようにし、蜆(しじみ)の味噌(みそ)汁や温野菜は欠かさず作りました。意識して薄味にしました。それまでの食生活を変えたのです。

 そんな一年が過ぎましたが、父はやせ、食事の量も減り、「やはり、がんという病気」でと思っていました。

 ある日、父が「好きなものを食わせてくれ!」と言いました。「まあ短期間なら、それもあり」と私も考えを変え、それからは父の好物を中心に献立を考え、料理を作りました。

 父は見る見るうちに食事の量も、体重も増え、血色も良くなりました。「そうだ、食事で根源的な生命力を養わなければ駄目だ!」と思い直し、父の食欲のないときは好物を、食欲があるときは“やさしい”食事を作りました。

 「うまいなー」の言葉を聞きたくて、よく作らせてもらいました。時間が必要でしたが、これが私たちのやり方になっていったのです。

 亡くなる四日前に最後の「うまいなー」を聞くことができました。この六年間を振り返り、「介護食って何?」と思います。特効薬のような食事はないし、病気で熱があるときは薄味は食べてくれない。食材を細かく刻んだおかず?咀嚼(そしゃく)も楽しみの一つなのです。

 介護食は「食」という言葉が付くように、食べることです。介護される方が起きて食するのか、体を起こせないのか。もともと食が細い人であるか、食べることに貪欲(どんよく)であったか、好みの食べ物は? 

 好みの物を食べないときは、体調が良くないと、食からはっきりと分かりました。

 もちろん作る側の多少の戦術も必要でしょう、健康のときより食事の量は減ります。「これくらいだったら食べてみるか…」の量が大切です。こうしたことは身内が一番理解していることだと思います。取り決めから半年後、ほぼ父の望み通り、最期までお供させていただきました。

 私はこの間の一年間、「食日記」として毎日の食事、その日の出来事、両親の体調、料理の写真を記録しました。それが最近、婦人雑誌に「介護食」として掲載され、多方面から問い合わせがありました。

 私には介護をしたという特別な意識はありません。今も母の食事のお世話をさせていただいてます。これが私流の「食介護」です。






(上毛新聞 2006年11月21日掲載)