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脳機能検診センター小暮医院長 小暮 久也さん(埼玉県深谷市中瀬 )

【略歴】慈恵医科大卒。米マイアミ大や東北大の医学部神経内科教授、世界脳循環代謝学会総裁など歴任。「明日への伝言」など一般向け著書も多数。深谷市出身。

生活習慣病と日本文化

◎道徳律低下の社会映す

 長生きは幸福の条件の一つである。そして、それを喜ぶことができる社会こそが文化的で、明るい未来を展望できる活力に満ちた社会といえよう。一方、私たちの命の長さは、事故に遭遇することさえなければ、各人に固有の遺伝的な要因と老化の過程に影響を与える数々の病気によって決められてしまう。

 癌(がん)や伝染病などは、健常な老化の過程を断ち切って人々に死をもたらすし、最近、テレビや新聞などでよく目にするようになった生活習慣病は、老化を促進して命ある日々の喜びを奪ってしまう。では、生活習慣病とはどんな病気だろう。

 農業や園芸に従事している人たちは、肥料のやりすぎや偏りが作物を駄目にしてしまうことをよく知っている。人間も同じで、栄養を取り過ぎたり、酒やたばこにおぼれたりしていたのでは病気になってしまう。加えて何事をするにも機械の助けを借りられるようになった今の生活様式の中で、われわれはだんだん筋肉を使わずにいることができるようになってきた。十年前までは身を粉にして働いていた人たちの多くが、今では運動不足を嘆くようになっているのである。

 飽食と運動不足が重なると、身体は栄養の残渣(ざんさ)をため込んでしまい、「高脂血症」や「肥満」「高血圧症」、あるいは「糖尿病」などの、いわゆる成人病を抱え込むことになる。成人病の多くは不健康な生活習慣を原因として発病することが明らかになったので、最近それらは「生活習慣病」と呼ばれるようになった。

 その一つ一つは軽症でも、二つ、三つと重なり合うと、動脈硬化が起こって大事な臓器・器官の血液の流れが止まってしまう。下肢のしびれや痛み、冷感を気にしているうちに足を切り落とさなければならなくなったり、本来は予防できるはずの心筋梗こう塞そくや脳卒中で命を危険にさらしてしまったりするのはそのためである。

 心筋梗塞や脳卒中は、癌および自殺を含む事故と並んで日本人の四大死因となっているので、その原因になる生活習慣病をなくすことができれば、われわれはもっと寿命を延ばし、百歳までも人生を楽しめるようになる。要介護人口も目に見えて減っていくことであろう。

 さて、生活習慣病は日本の社会全体が豊かになってきたから増加したのだという論調がある。が、私はそうは思わない。われわれは金持ちになったかもしれない。しかし、日本文化の美徳の一つであった「慎み深さ」、あるいは自然の恵みや、人々の仕事の結晶である食べ物を粗末にしては「もったいない」という気持ちを忘れてはいないだろうか。

 心が貧しければ、豊かではない。生活習慣病は個人の病気というだけではなく、道徳律の低下した社会の病気でもある。浪費や無駄を心の痛みと感じられるようになれば、われわれはもっと美しく健康な人生を送れるようになるに違いない。






(上毛新聞 2006年11月29日掲載)