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社会福祉法人アルカディア理事長 中田 駿さん(太田市高林寿町)

【略歴】早稲田大卒。太田市の三枚橋病院(精神科)勤務を経て精神障害者の地域ケアに従事。県精神障害者社会復帰協議会長、NPO法人「糧」理事長。岡山市出身。

障害者自立支援法

◎負担は最小限に抑えよ

 障害者自立支援法(以下、支援法)は、昨年暮れの国会で成立し、今年四月から施行となった。異例のスピードである。私は精神障害者にかかわるようになって三十余年たつが、これまでにない懸念を抱いている。この支援法という船は、乗客を乗せないまま出航した。どこへ向かうのだろう? 「小舟に乗って黙って後をついて来い」と言うのだろうか?

 福祉の現場では、この半年余の間、慌ただしく、また戦々恐々の日々が続いている。ここで、少し立ち止まり、支援法の内容を検証してみることが肝要であろうと思う。支援法にはいくつかの問題があるが、その一つに利用者負担制がある。いわゆる「10%負担」といわれるこのシステムの導入は、まぎれもなく障害者(同時にその家族)の生活を圧迫することになる。具体的に検証してみる。

 グループホームを利用しているAさんは障害年金一級受給者。実家に本人所有の不動産があるため、所得区分では一般に認定される。この場合、10%負担額は約四千円となる。「四千円くらい」と思われるかもしれないが、障害者にとっては過酷な現実なのである。不動産を簡単に処分することもできないだろう。

 Aさんの生活を見てみよう。グループホーム利用料が約四万円、昼食代約一万五千円、日用品類代一万円。一カ月約八万円の年金から差し引くと、約一万五千円しか残らない。Aさんに聞くと「今でもやっと生活しているのに」という。このつつましい生活から、さらに四千円を負担するという、より厳しい現実に追い込まれることになる。

 支援法では「障害者にも収入に応じた相応の負担をしてもらい、多くの障害者が福祉サービスを受けられるようにするため」という。しかし、「四千円くらい」と述べたが、Aさんは、他の福祉サービス(例えば、ホームヘルプや授産施設への通所など)を受けたいと思っても、経済的事情で受けられなくなる。支援法の「大義名分」とは裏腹の現実をもたらすことになるのである。

 私は「すべての福祉サービスが無料であるべき」とは思っていない。有料化で、受ける側の権利意識と提供する側の質的向上をもたらす契機になればと思っている。しかし、負担は最小限に抑えることが望ましい。

 「社会的弱者切り捨て」の上に今日の経済的繁栄が成り立ってきたという歴史を反省的に整理するのであれば、もうこれ以上、「社会的弱者」に犠牲を強いるような道を歩んではならない。支援法が施行となったからといって、黙して受けることはない。ともかく船は出航したが、この船の主役たる乗客は障害者である。支援法は障害者のためにあることを肝に銘じておくべきではないだろうか。






(上毛新聞 2006年12月26日掲載)