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脳機能検診センター小暮医院長 小暮 久也さん(埼玉県深谷市中瀬)

【略歴】慈恵医科大卒。米マイアミ大や東北大の医学部神経内科教授、世界脳循環代謝学会総裁など歴任。「明日への伝言」など一般向け著書も多数。深谷市出身。

少子化の向こう

◎木を植え森を育てよう

 暮れから正月にかけて、いくつかのテレビ局や新聞が日本の人口問題を取り上げて論じていた。それによると、日本と韓国の少子化現象には今後も歯止めが掛からず、百年後には両国ともに人口が今の半分になってしまうという。

 これに対して、政府は専門委員会を設置して少子化抑制に本腰を入れて取り組む方針だとも報じられた。他にも多くの識者が少子化の流れを反転する方法を模索しているようであるが、本当にそういうことだけを考えていればよいのであろうか?

 人口が半減するというのなら、それこそ日本列島に自然の回復力を取り戻すための、千載一遇の機会だと私は考える。

 世界史からも読み取れるように、農耕や牧畜に支えられてきた過去の文明はすべて、その文明自身が自然環境を破壊して没落してしまった。わが国はどうだろうか?

 日本は明治維新によって近代化に成功し、遅れてきた産業革命を自家薬籠中(じかやくろうちゅう)のものとして、その後の重工業化、およびIT(情報技術)革命に成功し、世界有数の経済力を手にすることができた。それを支えて国勢を盛んにしたのは、全国に輩出した優秀な人材と、人口の目覚しいまでの増加だったと思われる。

 しかし、その一方で日本列島の人口は過密化し、自然と、自然の復元力を失うという大きな犠牲を払っていたのである。三十センチの物差しを三万年の長さとして、森が人とかかわってきた時間を見てみよう。岩宿の森に旧石器時代の人たちが住んでから、その森で縄文の文化が営まれていた時代までが最初の二十五センチになる。稲作農耕を始めた弥生時代以降、明治までは田畑の開墾によって森が縮み続けた時代で四・八センチ。工業化と市場経済の発展による爆発的な人口増加と都市の膨張が森と自然を押しつぶしてしまったのは明治以降の百四十年で、最後の二ミリということになる。

 人口は環境の悪化とともに減少する。今ではあまりにも多くの森を失い、農地も荒れて、水にも空気にも自浄作用が働き難くなり、環境は汚れ続けている。利根川にも、遠い河口の海にさえも魚がすみ難くなっている。今この時に自然を回復するための努力を始めなければ、日本の文明も滅びて、世界史の中に埋もれてしまうだろう。

 幸い、人口は減少に転じ、人が占拠してきた空間にもすき間ができていくようである。そういう土地に、樹木を植えて森を育ててみてはいかがであろうか?

 しかし、森は高木、亜高木、低木、草本という層構造をなしているので、やみくもに木を植えればよいというわけではない。専門家の指導と、県民の努力が必要である。ではあるが、将来、未来人が群馬に来県した際、森の中に町があり、森の中に畑や工場があるという環境が迎えてくれるのであれば、少子化の向こう側にこそ楽しみがあると、私には思えるのである。






(上毛新聞 2007年1月23日掲載)