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銅版画家 長野 順子(高崎市筑縄町)

【略歴】 東京芸術大大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所に勤務後、銅版画家に。個展多数。石田衣良氏などの著書の挿画も担当。上毛芸術文化賞美術部門賞。

春模様

◎織姫が置き忘れた羽衣

 梅香る季節の到来。県内の梅林も花の香りに満たされて、人々を魅了していることだろう。美しい花が一面に咲き誇ると、不思議と心が浮き立つ。春になると、各地の花の名所が賑(にぎわ)うのもうなずける。皆待ちわびた光の春を花とともに満喫したいのだろう。

 そんな花の名所の一つに、高崎市箕郷町の「みさと芝桜公園」がある。普段は華やかな賑わいとは無縁の静かな丘陵地に、白、桜色、マゼンダの色鮮やかな縞(しま)と渦巻きの模様が出現する。六年前、私はこの芝桜の模様のデザインを担当させていただいた。形作りの一例として、芝桜公園のデザインについて綴(つづ)りたい。

 着工前の公園予定地は、まさに「殺風景」そのものだった。敷地は、貯水池や砕石プラント、浄水場などが隣接し、景観に恵まれているとは言い難い場所だった。ただ、緩やかな起伏のある敷地自体は、デザイン次第で面白い景色を演出できそうに思えた。頂上から遠方を見渡せば、眺望も悪くはない。まだ何もない赤土の敷地を眺めながら、私は三色の芝桜で覆われた景色を想像した。ここに色彩の丘陵が出現する。正直なところ、多少の異和感は否めないが、色鮮やかなハンカチが草むらに忘れ去られているようで、少々幻想的でもある。別天地のような華やかさが、この公園の魅力になるかもしれない。この殺風景が色鮮やかな風景に生まれ変わった姿を想像しただけで、心が浮き立つ思いがした。

 敷地周辺の地形図を開き、等高線が描く線模様から起伏の緩急を読み取り、花の配色と園路の配置を考える。公園の中を移動する自分の視界に映る景色を想像する。極めて主観的なシミュレーションなのが難点だが、風景を立体的に想像しながら平面図を描いていく。まず、どこから見渡しても三色の模様を認識できなくては面白くない。また、花の中に立っているという感覚も味わいたい。そのために、各色の幅をなるべく狭くし、色の帯を横切るように、しかし模様を壊さぬように園路を配置して、回遊を楽しめる形を目指した。

 鉛筆片手に、地形図の上に線を描いたり消したりしているうちに、線は整理され、しっくり合った形が見えてくる。地形が求めていた形と、私が作りたい形が合致したように思える瞬間だ。結果、三色の縞模様は等高線に沿ってうねり、横切る園路によって流れが途切れた色の帯は、渦を巻いてやわらかく人を導く形となった。縞と渦が起伏の緩急と重なって、立体的なリズム感を生み出した。色彩と形で織り成した春模様である。

 今年も「織姫が置き忘れた桜色の羽衣」が静かな丘陵を彩るだろう。織姫と言ったら苦笑されそうだが、芝桜の羽衣を織り上げたのは、実際に現場で工事に携わった多くの人々である。芝桜を一株ずつ手植えし、雑草を抜き、維持管理に当たってきた人々が、殺風景を生まれ変わらせたのである。苦心の作の羽衣が、いつまでも色鮮やかであることを願う。






(上毛新聞 2007年2月24日掲載)