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吾妻山岳会長 山崎 孝利(東吾妻町郷原)

【略歴】 中之条高卒。あがつま農業協同組合などに勤務後、現在は県自動車整備振興会吾妻支部事務局長。東吾妻町観光協会副会長。県自然保護指導員。

登山者と山の事故

◎経験でステップアップ

 年々増え続ける山の遭難事故。遭難に対する登山者の認識は低下する一方だ。たとえベテランの登山家であっても遭難の二字は決して人ごとではない。ある統計資料によると、疲労、病気、道迷い、捻挫(ねんざ)などが主な原因で増えているとか。また遭難者の半数以上は中高年登山者が占めていて、その中でも特に女性が大きなウエートを占め、体力とコースの過信があるのではないかと推測される。

 昨年の秋、余裕を持ち、尾瀬、至仏山に妻と登山した。私たちが下山途中、五、六人の若い男女のグループに会い、あぜんとした。スニーカーに買い物袋を持ち、この時間いったい何処(どこ)へ行くのか…。山頂までの時間を尋ね、水の滴る登山道を登っていく。心配でしばらく妻と若者を見送り、無事の下山を願った。

 今の登山者は組織(例えば○○山岳会)に入っていない人が多く、それだけに山の知識やマナ−を教えられていない。組織に束縛された登山を嫌い、自由奔放な登山の魅力に頼るのか真相は理解できない。危機意識を持たず携帯電話にすべてを託す危険な登山である。

 中高年登山者に多いのが装備はほぼ万全だが、道具をどう使うか技術と知識が伴わず、苦労している光景を何度か目にする。例えばアイゼン(靴の下に付ける滑り止め)の付け方、ピッケルの使用方法など折角(せっかく)の道具が台なしだ。事前に練習などして最低の知識と技術を身につけ、安全な登山を心がけたいものだ。

 冒頭少し触れたがマナーが低下。また初歩的な「上り優先」などは有名無実化している。宿泊登山などについても「早出早着」は鉄則。一日の時間をフルに使わず、余裕を持つコースタイムも重要な要素である。

 人それぞれ登りたい山やコースはあるだろう。しかし「登りたい山」と「登れる山」は同じでない。経験、心、技術、体力を身につけてゆくことにより「登れる山」は確実に増えていく。以前は登山者の間には、ステップアップという概念が確固としてあった。昨今その概念が軽視されている。憧(あこが)れの山に登るためには少しずつでよい、着実に経験を積みステップアップしていくことが大切である。そのためには登りたい山に要求されるレベルを知る必要がある。ガイドブックなどで事前調査をしっかりしておく必要もある。

 四十数年前の夏、北アルプス穂高岳、吊(つ)り尾根の雪渓で滑落死亡した岳友と父の姿が今も鮮明に脳裏に残っている。現地から遺体運搬をした際、われわれに同行したが、今思えば大きな風呂敷包みを小さな肩に括(くく)り付け、息子の遺体から離れようとせずひたすら歩いていた。無常に流れる梓川を横目に見ながら涸沢、横尾、上高地まで歩く姿は、かけがえのない息子を亡くし、あふれる涙を手でふきとり幾度となくすすり泣く声が深い闇に消えて、悲惨な登山であった。

 安全登山は鉄則を守り(1)装備の徹底(服装、非常食)(2)健康チェック(3)自分に合った(グループ)コース設定(4)日程に余裕を持つこと―である。いつまでも美しい自然と向き合える時間と心に余裕を持ち、山の事故が一件でも減ること、頂に立つ共有の喜びを一人でも多くのハイカーが味わえることを願い安全登山を更さらに啓蒙したい。






(上毛新聞 2007年2月27日掲載)