視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
「しんまち学ぶ会」副会長 佐藤 真喜子(高崎市新町)

【略歴】 亜細亜大経済学部卒。防犯パトロール隊「新町サポーター」、「新町歌劇団」などで地域づくりや文化活動に尽力。「よみがえれ!新町紡績所の会」副会長。

50年のエネルギー

◎広がる地域のきずな

 地球が誕生し、人類が誕生し、果てしなく生をつないで今があります。私たちが今あることは実はものすごいエネルギーの連鎖です。

 一九四七年に創設された新町中学校の五十年にあたる年、多くの関係者が五十年誌作製で集まりました。一回から五十回までの卒業生代表をはじめ校長先生、PTA会長、町の関係者…。一ページ一ページをひもときはじめたとき、さまざまな出来事、それに伴う思い、成し遂げんがための情熱や青春が一人一人に、間違いなく存在していたときづかされました。史実をつなげるだけでも大変なのに、えらいことになった! 人間の五十年をつなぐことは実は大変なことだったのです。

 過去を振り返る五十年誌でなく、これからのことにつなげてゆきたい! これからの新町を担う子供たちのために何か役に立てないか! 今一度みなで勉強しようよ! 正確な情報を伝えることがとても大事! いろんな思いが渦巻き始めました。

 開放された夏休みの学校に、そして放課後に、毎日のようにいろんな人が集いました。資料の収集、同級生への聞き取り、写真探し…。大変だったけど、実に楽しい時間でもあり、同級生の間を走り回り、そのために同窓会を開いた学年もありました。先輩が後輩の面倒を見たり、逆もまたしかり、その光景は素敵(すてき)でした。

 昔の学校の様子は特に面白く、石炭殻がひかれたグラウンドの整備の様子、新町小学校の火災の影響で私たち中学生が藤岡の学校まで往復九キロを通ったこと、部活動の頑張り、共通する先生の話、面白くて時間のたつのを忘れることもありました。そんな中で、私たちがかかわった中学校は単なる過去でなく、実はとても大事な自分の一ページだったと思います。このまま解散してしまうのは残念でした。みなの思いがこんなに詰まった中学校だから…。

 こうして五十年誌にかかわった人を母体に、そして新町にかかわる人なら誰でも入会OKの「しんまち学ぶ会」ができました。ともに学び、地域の力で子供を育て、大人も育ち、明るい未来をつくってゆこう。会の名称も目的もより分かりやすいようにと現在の名称に代わりましたが、思いは一緒です。

 “研修会”の講師も広範囲です。子育て中の若いパパから、大学の先生、地域の人、支援活動もしかりです。若い母親からの呼びかけで多くの人が集まってできた「新町サポーター」もこの会からスタートしました。

 明治初期につくられた新町紡績所の保存運動への参加も大切な取り組みです。この新町に日本が産業化してゆく礎があったのですから! 多くの小中学生が学ぶ日本語教室への支援をはじめ、いろんなことにかかわってきました。今の自分たちに必要だと思われること、将来の子供たちにとっても大切だと思われることには挑戦していきたいと思っています。

 エネルギーは続きます。これまでの五十年分を源として、さらなる力を取り込んで…。






(上毛新聞 2007年5月24日掲載)