視点 オピニオン21
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書家 山本 素竹(渋川市中郷)

【略歴】 「ホトトギス」で俳句を学ぶ。朝日俳壇賞、伝統俳句協会賞。同会幹事。俳句同人誌「YUKI」同人。画廊あ・と代表。書や篆刻(てんこく)の個展を続ける。本名啓太郎。

腹八分目

◎自然に対して謙虚に

 「冷や汁」(ひやしる・ひやじる)は夏の冷たく冷やした汁のことで、わが家ではキュウリの薄く輪切りにしたものにすりゴマを加え、みそ味にして氷で冷やしていただきます。シソの葉、ミョウガなどを千切りにして散らせば少しばかり豪華になります。質素ですが、夏の涼味満点の料理です。

 歳時記にも載っている「冷や汁」ですが、パソコンでは残念ながら変換してくれません。パソコンのはやる前の田舎では当たり前の風物料理だったのですが…。

 わが家のキュウリの味は子供のころから変わっていません。火山噴出物の分厚い軽石層の上のわずかばかりの黒い作り土ですが、たっぷりと太陽に当たって育った地這(ぢばい)キュウリは水のおいしさを感じる甘さです。それはスーパーで売っている、表も裏もなく暗い緑一色の不自然に真っすぐなものとは別の味です。田舎の農家でもなければ地這いの、裏側が黄色いキュウリと出合うこともないでしょう。本物のキュウリの味を知っている人も少なくなりました。

 今ほど輸送手段がなく、冷蔵冷凍設備もない時代には地元のものを食べるしかありませんでした。ところが昨今、おいしいと聞けばどこからも、日本のみならず世界中から取り寄せられる時代となりました。

 「腹八分目」という言葉があります。それは食べることだけに限らずさまざまな欲望についていえることでしょう。お金があるから…ほしいものが手に入るから…ではわがままな子供となんら変わりませんません。マグロを捕りすぎてもいけません。自然に対してもっともっと謙虚に生きることはできないのでしょうか。

 いつのまにか若い方々の足が長くなり、その分、身長も高くなってきたのは食生活が大きく影響しているようです。髪もなんだか茶系の薄い毛の子供が多くなってきたようです。幼少のころから外国の言葉など習い、お米より洋食、中華、イタリアン。ハイカラといえばハイカラでしょうが、自国を誇りにできず、欧米のブランド物を身につけ、外見だけでもと、まねをする風潮には、心もとない薄ら寒さを感じます。

 と申し上げる私は、代々の日本食により足は短く、ジーパンははけませんが暮らしには支障ありません。農耕民族としては伝統的な体型、と負け惜しみを言いながら、お金のないのをいいことに清貧にあこがれています。

 四季の巡る豊かな自然。その日本列島の中央に位置する群馬県は、他県に勝るとも劣らない美しい自然に恵まれています。そんな、自分の生まれ育った土地が何より大切に思えてきました。この土地の水を飲み、この土地で採れたものを食べ、この土地を愛し、禽獣(きんじゅう)草木と親しく、古き文化を粗末にせず、仲間と楽しく酒を飲み、困ったときは助け合い、悲しいときは泣き、そうしていつか死ぬときが来たら静かにそれに従う。そんな人生がよろしいのではないかと思うのです。






(上毛新聞 2007年6月17日掲載)