視点 オピニオン21
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書家 山本 素竹(渋川市中郷)

【略歴】 「ホトトギス」で俳句を学ぶ。朝日俳壇賞、伝統俳句協会賞。同会幹事。俳句同人誌「YUKI」同人。画廊あ・と代表。書や篆てん刻こくの個展を続ける。本名啓太郎。

日本人と書

◎文字を大切にする文化

 看板や印刷物など、街を歩くとやたらとパソコンから取り出したような安易な筆文字、本物でない筆文字が目立ちます。もっとも、個性のない活字を使うよりはましとも言えますが…。

 筆文字はうまい下手ばかりではなく、人の心に千差万別あるように、さまざまな表現、個性があります。日本人には「書」からそれらを受け取る豊かな感受性があったはずです。あまりにも性急な欧米化に心流され、そんな日本古来の文化を心得る大人も少なくなりました。とても「書」とはいえない文字が「書」のふりをしてあふれるようになった次第です。周りを見回してください。「書」など学んだことのない人の手による「書」のまねをした「筆文字」がたくさん目に付きます。書のうまい下手はともかく、良い書と悪い書、好きな書とそうでないものは感じ取ってほしいと思うのです。

 パソコンを一、二年学べばデザイナーになれる場合もあるようですが、日本の筆文字「書」は十年や二十年ではまだ駆け出しです。結果を急ぐ昨今、そんな時間はないと言われそうですが、それこそが諸外国に対する日本らしさでもあり、日本の文化だということを忘れてはならないのです。

 先日名刺を依頼されました。筆文字を使って自由にやってくれとのうれしい話です。

 墨の濃い薄い、にじんだもの、かすれたもの、さまざまな変化を考えてみます。依頼人の人となりに似合った字でなくてはなりません。依頼人のことなど思い浮かべながら繰り返し書きます。自分との戦いが始まります。

 最初の一日はもちろん格好になりません。一晩寝て起きると、客観的になった目にはなんとも恥ずかしいものが並びます。こんなものかと未熟な自分を痛感します。日を置いてまた書いてみます。ああしよう、こうしよう、などと考えてやってみてもどこか物足りず、次第に手詰まりになり自分に負けそうになります。そんな気分の先に、それまでとは別の次元の価値観の書が出現することがあるのです。自分がいたらないからかもしれませんが、頭で考えたものを超える、自分を超える「書」に恵まれるのです。 

 そして、住所その他のレイアウト。幸い、わがままな私を理解してくれている印刷屋さんがおりまして、その方の協力を仰ぎ進めます。どんな文字がよいか、明朝体がよいか、教科書体がよいか、筆文字との釣り合いを考えてまとめていきます。パソコンで簡単に名刺ができる時代、こんな手間暇かけた名刺があるということも文字を大切にする日本の文化かもしれません。

 経済中心の考え方により、日本が他国に誇るべき伝統や文化、豊かな心の財産が次第に失われつつあります。何もかも国際化の波に乗るより、それに背を向けても「日本」独自の価値観を守らねばならないと信じます。






(上毛新聞 2007年8月7日掲載)