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箏曲演奏家 下野戸 亜弓(前橋市箱田町)

【略歴】 東京芸大音楽学部邦楽科(山田流箏曲専攻)卒、同大大学院音楽研究科修士課程修了。谷珠美邦楽研究グループ、認定NPO法人三曲合奏研究グループ所属。

夏の風情

◎箏曲の小品で楽しもう

 夏といえば、風鈴、蝉(せみ)時雨、夏祭り、花火、夕立、川のせせらぎ。これら夏の風物は、その音をもって夏をイメージすることができる。そう、夏は四季の中でもっとも耳で感じる季節なのだ。一般的に、夏は箏曲(そうきょく)のイメージにあわないと思われるかもしれないが、夏をテーマにしている曲ももちろんある。それらは擬音的表現を用いて、夏の情景を写実的に表現しようとしたものが多い。

 今回は、夏だからこそ聞いてみたい箏曲の小品をいくつかご紹介しよう。

 まず、中能島欣一作曲「ひぐらし」がある。初級者向けの小品だが、多くの人に愛好されている曲だ。箏三部による合奏曲で、前章は「驟雨(しゅうう)」、後章は「ひぐらし」というタイトルが付けられていて、この後章では箏伴奏歌曲となっている。実はこの曲、群馬県に縁があった。作曲者によれば、作曲当時の大正十五(一九二六)年八月、伊香保温泉に遊んだとき、夏の驟雨の激しさと、その降りやんだあとの夕焼けとひぐらしの声のさわやかさ、そうした情景に心を打たれて作曲したものだという。群馬に住む私たちの、誰もが思い浮かべることのできる夏の情景を、親しみをもって聞くことのできる一曲だろう。

 古典では、山田検校作曲「ほととぎす」という曲がある。一八○○年ごろの作品で、ほととぎすの初音をただ一声聞くために、夜を徹して隅田川を川船でさかのぼる風情を、隅田河畔の地名を詠み込みながら歌曲にしている。江戸の初夏の風物である「隅田川」と「ほととぎす」という素材は、江戸っ子の粋人の心意気を表しているともいわれる。曲中にたびたび出てくるほととぎすの鳴き声は、三味線で「トテチリリリリン」という旋律型で表現される。これが箏(こと)となると「トンカラリンシャッテンシャッテン」という旋律型になり、音を聞くと、三味線の方が甲高く、いかにも鳴き声らしい。もともと山田流箏曲は、江戸で派生し、劇場音楽である三味線音楽からの影響を大いに受けている。江戸の粋もまた、三味線の方が表現しやすいのかもしれない。ともあれ、夏の風情を十分に感じさせてくれる名曲だ。

 また、宮城道雄作曲の「夏の小曲」がある。これは箏独奏曲「風鈴」「線香花火」「金魚」という三つの曲からなる。「風鈴」は、軒端にいくつもの風鈴をつるし、そこに風が吹いていっせいに鳴り出す様子を、グリッサンドを多用して表現したもの。また「線香花火」は、線香花火の点火から燃え尽きる様子、音の変化を、チラシ爪(づめ)や裏連(うられん)、スクイ爪などの手法や、三連符、スタッカートを用いて表現する。実は、私の知らなかった曲なのだが、想像するだけでも音が聞こえてきそうなタイトルで、ぜひ今の時季に弾いてみたい曲だ。

 このほかに「初夏の印象」、「夏の曲」、「夏の詠(ながめ)」など夏にちなんだ曲はまだある。だれもが心に抱く夏の原風景、夕涼みをしながら聞いてみるのも風流だ。耳を澄ませば、秋の訪れも聞こえてくるかもしれない。






(上毛新聞 2007年8月20日掲載)