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料理研究家 茂木 多恵子(高崎市)

【略歴】 高崎市生まれ。跡見学園女子大国文科卒。1981年、フランスに留学し、コルドンブルーで学ぶ。82年10月、クッキングハウス茂木を開設。

お行儀

◎人を不快にさせない

 「お行儀」という言葉をあまり聞かなくなってしまいました。私の幼い時は畳にテーブルの食卓でした。毎日のようにしかられて食事をしていた記憶が残っています。例えばひじをついて食事をしたり、足を崩して食べたり、テレビを見ながら食事をすると、父の大きな太い箸(はし)が飛んできました。「こら! 行儀が悪い!」

両親の名誉のために一言、虐待ではありません。特に女の私には厳しかったのです。「口を開けて噛(か)むな、噛んでいるときは喋(しゃべ)るな」。よその家でごちそうになる時のマナーには特にうるさかったのです。

 「全部食べられないと思ったら最初から箸は付けてはだめ」「みんなで食べる物はじか箸はいけない」「子供は漬物など端からいただき、決して真ん中の美味(おい)しいところから食べてはいけない」「よその家でごちそうになったら食事の後片付けは手伝いなさい」

 わが家では食べ物を残した時など「自分の腹の空(す)き具合も分かんないのか! 残すな!」と言われました。目がまわるほどお腹(なか)が空いていても父親が食卓につくまでは食べられませんでした。食事が終わり体を横にしようものなら「牛になるぞ!」

 後になって分かったことですが、親の教えで印象に残った言葉に「同時に二つの動作をしては行儀が悪い」があります。例えばご飯茶わんを持ったまま湯飲み茶わんを持ったり、コーヒーカップを持ったままパンを食べることです。両方とも行儀の悪いことと言われました。確かに綺麗(きれい)な姿とは言えません。ご飯茶わんを置いてお茶を飲んでいる姿のほうが美しいです。迷い箸、わたり箸、きらい箸、よせ箸、しずく箸など箸の使い方も厳しくしつけられました。

 食事の時はつい食べ物に気持ちが集中してしまい、私も人のことを言えない時が多々あります。普段の生活の積み重ねが出てしまうのです。

 現代はテーブルに椅子(いす)の洋式の生活スタイルが多くなり、足を組んで食事をしている姿を目にします。組みひざをすると体のバランスをとるためひじをつく姿勢になってしまいます。美しい姿には見えません。たまに若い人が少々行儀悪くても黙々と快い速さで食事をしている姿を目にしますが、それはそれで魅力的に見えます。

 行儀とは何だろう? それは人を不快にさせない行為だと思います。皆で囲む食卓、気取りではない行儀の良さは楽しい食事を演出しますし、とてもいい気分で食事ができます。

 父が亡くなる半年くらい前、背筋も衰え、ひじをついて食事をしていました。「おい! ひじをついて行儀が悪いぞ!」と私が冗談で言いますと、父は笑って言いました。「お前に行儀を注意されるようでは俺(おれ)も終わりだな」と。幼い時の少々厳しい食卓が良い思い出ですし、今の仕事に大変役に立っています。






(上毛新聞 2007年9月12日掲載)