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NPO法人よろずや余之助代表 桑原 三郎(伊勢崎市田部井町)

【略歴】 太田高卒。ガレージ製造会社、ウエルド工業(太田市)専務。2002年12月に「よろずや余之助」を設立し、子育て支援や困り事相談などの事業を行う。

団塊世代

◎キャリアの活用が責務

 よろずや余之助代表の若かりしころを知る者は、口を揃(そろ)えてこう言う。「あの無責任時代を地で行った奴(やつ)が、なぜ市民活動などに首を突っ込むのか、理解に苦しむ」。当人曰(いわ)く、「大きなお世話である。若いころさんざん馬鹿(ばか)なことをやりまくったからこそ今の吾(われ)あり。当時、品行方正、手本のごとき日々なれば、今の吾は恐らく不良中年の代名詞と言われたであろう」。このような屁理屈(へりくつ)をこねるのは、昔遊んだ者がよく使う手ではあるが、周囲を見渡すと、似たような団塊世代は、結構いるようだ。

 さて、紙面をめくると、毎日のように団塊世代の文字が目につくが、どうやら彼らが今後の生き方を問われる時が来たようだ。振り返ってみると、彼らが昭和三十年代の幼少期から現在まで、競争社会の中を突っ走ってきたのは確かなこと。戦争体験もなく、生死の狭間(はざま)をさまようごとき、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきたわけでもない。古き良き習慣や人間関係が、かろうじて残存する中、他人を蹴(け)落としても進んでゆく非情さをも身に付け、努力すればそこそこ報われる、そんな恵まれた時代をひたすら駆け抜けてきたのである。

 このような団塊世代が、競争社会から抜け出し、わが事のみを考えつつ生きる道を選択していくとしたら、その老後の面倒をみる羽目になる次世代が、少々気の毒に思える。

 最近、信じ難いような事件が時折発生するが、その加害者を見ると、団塊世代の子供たちが多いことに気付く。これは会社のため、家庭のためと言いつつ、大切な忘れ物に気付かず、ただひたすら競争に明け暮れた、その代償ではなかろうかと思う。走りをやめ、ふと振り返ってみたら、人の心も環境も病んでいた。そして何らかの形で自分もそれに加担していたことに気付き、比較的まともであれば、つい俯(うつむ)いてしまうだろう。

 退職後、海外移住も結構。夫婦で田舎暮らしも悪くはない。彼らが「家庭のため必死に頑張ってきたんだ、後は好きなようにさせてくれ」と言いたいのは分からぬでもないが、四十年近いキャリアをあっさり捨てることはない。次世代のためにも、自分たちが培ってきたさまざまな能力を生かし、かつ生きがいとして活用することが、団塊世代の責務ではなかろうか。

 このことは、よろずや余之助の連中が地域活動を通して、その体験から学んだことであり、これまでのキャリアは、退職後の活動に向けての、準備運動にすぎないということである。そして、いよいよその能力を地域で活用してこそ、『これからが本当の青春』との結論にたどり着く。彼らはそこにたどり着くまで四年の歳月を要したようだが、同時に地域から、信用という大層大きな財産を頂戴(ちょうだい)したそうな。






(上毛新聞 2007年10月10日掲載)