視点 オピニオン21
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ジャストミート店長 荒木 啓晴(前橋市堤町)

【略歴】 立教大卒。百貨店勤務などを経て2001年、楽天市場に赤城牛のネット販売店「ジャストミート」を出店。県の「ぐんまの名物商人」に選ばれている。

需要の鉱脈探し

◎常識の壁越える勇気を

 この欄の執筆をはじめた一年前、最初の寄稿で「ものづくり立県たる群馬の製造業者こそ、インターネットで全国に販路を開け」という趣旨の提言をした(二○○六年十一月二十四日付)。下請け体質から脱却し、全国の消費者と直(じか)につながることで顧客ニーズをつかみ取り、その先に眠る新たな需要の“鉱脈”を探し当てよ、という意味だった。

 「何を偉そうなことを」とお叱(しか)りを受けそうだが、日々の仕事を通じて否応(いやおう)なしにインターネットに触れ続けている者として、「当然の成り行きで、こうなっていくのだろうなあ」と感じていたことをそのまま書かせてもらった。そして一年。予言的中というほどではないが、製造業の方からのインターネット通販に関する私への相談は格段に増えた。現状として、月にいただく三、四件の依頼は、ほとんどが製造業者からだ。

 「技術屋は腕を磨いて、黙って仕事に専心するもの」。私の周囲を見回してもそんな昔ながらの職人気質(かたぎ)は多いが、そうした気風の中から「積極的に消費者にアピールしていきたい」と手を挙げる人たちが現れている。たいへんパワーのいることだと思うし、そんな頑張りを高く評価したいと思う。

 だが、ここで残念に思うことが一つ。実際に依頼を受けて、いざ具体的な提案をはじめると、「そんなことは前例がない」「業界の常識ではありえない」という否定的な言葉で遮(さえぎ)られることが多々ある。私としては、業界の通念を覆したり、暗黙のルールを完全無視するほど大胆なことをいっているつもりはない。むしろ、「やればできるのだから、ものは試しでやってみましょうよ」程度のことなのだが、横たわる“常識の壁”を越えられない場面によく出くわす。

 数年前、私が店長を務めるインターネット精肉店で「一枚三百グラムの超特大ステーキを売ろう」と販売スタッフが盛り上がった。ところが、当時の加工現場の責任者から「そんなものは前例がないし、普通の家庭で美味(おい)しく焼ける限界を超えている。クレームの元になるだけだ」という厳しい指摘を受けた。「それでも試しに」とやってみたところ、超特大ステーキは爆発的に売れた。むしろ客からは「もっと厚くて大きなステーキが食べたい」とリクエストすら飛び出す始末。それではと、今度は一枚四百五十グラムにボリュームアップして売り出したところ、こちらも大きな反響を呼ぶこととなり、結果、現在はどちらのステーキも店の看板商品に成長した。

 もちろん、苦言を呈してくれた当時の責任者を悪くいうつもりはない。むしろ、客の信頼を守ろうとする愛情が生んだ言葉だったと理解している。だが、精肉業一筋で何十年と働いてきた職人にしてみれば、あまりに常軌を逸した非常識な提案と映ったことも事実だったろう。

 物があふれる現代。製品の質は高くて当たり前、食べ物は美味しくて当然だ。では、どこで差別化を図り、どうやって顧客ニーズを探し出していくのか。常識の向こう側に飛び込む勇気も、ときに求められているのではないだろうか。






(上毛新聞 2007年10月25日掲載)