視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
NPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館理事長 広瀬  武(館林市坂下町)

【略歴】 拓殖大卒。1954年から34年間、館林市内の中学校で社会科教師を歴任。渡良瀬川にサケを放す会代表。2006年から現職。著書は『公害の原点を後世に』『渡良瀬川の水運』。

出前講座

◎圧倒される女性の熱意

 公害の原点と言われる足尾鉱毒事件と田中正造を学び、これを後世に伝える事業を専門とするNPO法人が昨年四月、ゆかりの地、館林市に誕生した。そして、このNPO法人の呼びかけで集まったボランティアが、創意工夫を凝らして小さな施設をつくった。私は、この施設を「手づくりの学舎(まなびや)」と呼んでいるが、この小さい学舎が今、公害や環境問題に関心のある人々から注目されている。

 施設がつくられた場所は、鉱毒事件のとき、被害が激甚だった地の一つで、旧渡瀬村(現館林市)である。この地は、被害民たちが鉱毒反対運動を展開したときの拠点で、「足尾銅山鉱業停止請願事務所」が設けられた雲龍寺に近い場所である。

 インターネットでここを探した来館者が初めて訪ねてくると、「足尾鉱毒事件田中正造記念館」と手書きした一枚板の看板が玄関に掲げてある。記念館と称する施設は、いずれも大きな建物が一般的である。が、この記念館は旧保育園跡で現在学童保育所に使用されている木造の建物であるから、来館者はこれを見て「これが記念館か?」と驚いてしまう。館内に入ると約四十平方メートルという狭い場所で二度びっくり。このような小さな施設を記念館と宣伝しているNPOは全国でも珍しいと思う。

 記念館の開館日は現在、毎週火、木、土、日の四日間。開館時間は、午前十時から午後四時まで。定められた以外の来館希望については、事前の申し込みがあれば相談に応じている。来館者は、今年に入ってから少しずつ増え、これまでの累計は三千人を超えた。最近は、団体の申し込みも増えてきて、五月には「はとバス」が二台来た。

 NPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館は記念館の運営だけでなく、いろいろな事業も行っている。例えば、教材ビデオや「かるた」をつくり、普及に努めている。

 今年は、連続講座や出前講座も始めた。また、「歴史を学び、健康づくりの田中正造ウオーキング」というタイトルで、鉱毒事件と田中正造のゆかりの地を歩いたイベントは好評であった。市内の市民団体や学習グループから、市役所の生涯学習課を通じて「足尾鉱毒事件と館林」というテーマの講演依頼がくる。それに応えて講師を派遣するのが出前講座であるが、本年度は分福公民館、三野谷公民館、赤羽公民館、台宿町会館の四カ所で行った。これらの中で、赤羽公民館は「女性学級」が主催であるから当然であるが、他のいずれの地区も参加者は女性が八割以上を占め、その熱意に圧倒された。出前講座は毎回、私と理事の二人で出向き、講演と併せて「足尾鉱毒事件はいま」というビデオ上映も行うが、今までに実施した会場ではわかりやすいと好評であった。出前講座は要請があれば、県内なら都合をつけて応じたいと思う。

 私は講演の中で、記念館ができた経過も話をするが、出前講座の経験で、会場の雰囲気をやわらげるためには質問の時間が必要であることを学んだ。






(上毛新聞 2007年11月11日掲載)