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伊香保おかめ堂本舗取締役 真渕 智子(渋川市伊香保町伊香保)

【略歴】 群馬大工学部卒。渋川市伊香保地区地域審議会委員。元NTTデータ職員。2001年から、伊香保温泉の石段街にある民芸「山白屋」を母とともに切り盛り。

いい買い物

◎モノガタリも一緒に

 ある時、美容院で雑誌を広げていると、ふとある記事に目がとまった。フランスの辛口フードライターの某氏を日本に招き、東西の名だたるベーカリーのクロワッサンとバゲットを試食して評価してもらおうという企画だった。某氏は噂(うわさ)にたがわぬ辛口で、東西の名店の自慢の品をメッタ斬(ぎ)りにし、日本人の私はなんともフクザツな思いがしたのだが、その批評の結びの言葉がとりわけ興味深かった。「日本に来て最も驚いたことは、店に入ってパンを買って帰るまで、店の人間と全く言葉を交わさずに済むことだ」

 某氏の言葉が、私たち日本人の買い物スタイルのすべてとは思わない。けれども、なるほど私たちの誰もが思い当たることがあるはずだ。

 スーパーに入る。かごを手に取る。店内を一巡し、商品を選び、かごに入れてレジへ。レジ係が四五度に頭を下げてあいさつ。一つ一つ読み上げられる値段を右から左へ聞き流し、プラスチックの皿の上にお金を置く。おつりと商品を受け取る。レジ係の一礼を背中に受ける。会話らしきものはそこに存在しない。

 それだけではない。自動販売機の台数の多さと扱い商品の多様さ、多機能ぶりにおいても、日本は世界的に群を抜いている。

 私たちは店にモノを買いに行く時、実はモノと一緒に「あるもの」を一緒に買って帰ることに気がついてほしい。

 かつては商品を作りさえすれば売れた時代もあったと聞く。しかし今やメーカーは規模の大小を問わず、開発に全精力を注いでいる。それを私たち消費者に「伝える」ため、パッケージ、カタログ、広告、売り場の陳列方法に至るまで神経を配る。私たちは売り場で得られるそれらの情報を頼りに商品選びをしている。つまり、モノと一緒にそれらの情報(モノが売れるまでのストーリー=モノガタリ)をあなたは買ったことになるのだ。だとしたら、お店の人とのコミュニケーションから、パッケージや広告にはない隠れた情報をキャッチする方がお得ではなかろうか?

 もちろん、お客さまだけを責めてはいない。販売する側にも課題がある。幸か不幸か、私はお店の人であり、買い物客でもある。反省すべきは、販売員としての商品知識の希薄さ、作り手の商品に対する情熱を売り場というグラウンドでお客さまにうまくバトンリレーできていないということだと思う。販売員の務めは、モノを売ることだけではないと思う。モノと一緒にモノガタリをお客さまに伝え、モノの価値を高めることでもある。

 値段だけの買い物ではあまりにも寂しい。「何がおすすめなの?」「どんな人向けの商品なの?」。お客さまのそんな質問に販売員がうまく答えられ、リレーワークがうまくいった時、モノだけでなく、モノガタリが人の手から手へ伝えられて、「いい買い物」ができるのかもしれない。






(上毛新聞 2007年11月15日掲載)