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群馬森林管理署署長 中岡 茂(前橋市岩神町4丁目)

【略歴】 東京教育大(現筑波大)農学部林学科卒。林野庁に入り、東北森林管理局計画部長、独立行政法人森林総合研究所研究管理科長を経て、2007年10月から現職。

山が近づく

◎どうする里の森林化

 私は東京、新宿区の生まれです。今では想像もつかないでしょうが、周辺には田んぼや畑もありました。秋から冬になると、上州から空っ風が吹いてきて、関東ローム層の赤土を舞い上げ、目は痛い、髪の毛はじゃりじゃりになったものです。親父(おやじ)にバスで新橋まで連れていってもらったとき、まだ足元しかできていない造りかけの東京タワーを見たのを覚えています。そう、人気映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界がそこにはありました。それから五十年もたって、赤土の台地は巨大都市におおわれ、いつしか空っ風も感じなくなってしまいました。

 その巨大都市の生命を支えているのが群馬県から供給される水です。東京はもともと水の豊富な所で、台地上でも井戸を掘れば必ずおいしい水が湧(わ)き出ました。井戸のまわりに子供たちが集まって何杯飲めるか競争したものです。しかし、都市が巨大化するにつれて増大する水需要をまかなうため、群馬県の森林地帯にダム群を建設し、水道水源としたのです。多少迷惑だった空っ風に代わって、群馬は多大な恩恵をもたらすようになったのです。

 もう一つの上州名物「かかあ天下」は、絶滅どころか全国化し、上州名物ではなくなりました。そして実権を失った父ちゃんがスーパーで買ってくるのが群馬産の野菜です。今や群馬の恩恵は広大無辺で、まともな東京人ならとても足を向けて寝られない状況です。

 このような現象は何も群馬と東京に限ったことではなく、全国至る所に生じた上流と下流の関係なのです。蛇口をひねれば水が出る、金さえ払えば水が飲めると思っている都市住民に、森林や山村の現状がどれだけ分かっているのでしょうか。

 最近、上野村で「山が人家に近づいてくる」という話を聞きました。山とは森のこと、つまり山際の畑地や棚田などでの耕作が放棄されると、そこに樹木が侵入し、十年、二十年とたつうちに家のまわりがすっかり森林化してしまったというのです。山村住民は高齢化して、とてもこの自然の力に抵抗できません。かつての天然林の大量伐採や人工林化は、人間の森林に対する勝利宣言のようにも思われたのですが、このようにヒタヒタと着実に敗者(?)の挽回(ばんかい)が始まっているのです。

 また、神流町では野ウサギが増え、それにつれてキツネも増えているという情報がありました。シカ、イノシシ、ツキノワグマはもちろんですから、山村はどうやら野生動物の天国になりつつあるようです。

 このような山村の状況が私たちの生活にどのように影響してくるのか、まだよく分かりません。水資源の確保、日常生活に疲れた都会人のいやしの場、地球温暖化防止、木材の供給源、多様な生物の遺伝資源の保存の場―。国土の三分の二を占め、都会における快適な生活の根源となっている森林と山村の現状に接し、この先どのように付き合っていくのがよいのか、今、思いをめぐらせているところです。






(上毛新聞 2007年12月5日掲載)