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司法書士 澤浦  健(伊勢崎市馬見塚町)

【略歴】 明治大法学部卒。氣きの健康学院専門課程在学中。家事・民事調停委員(伊勢崎調停協会会長)、人権擁護委員。伊勢崎ジュニアオーケストラ後援会ゼネラルマネジャーなどを務める。

登記実務

◎履行困難な公平の理念

 この夏世間を騒がせた、売り主側である朝鮮総連中央本部を巡る詐欺事件は、代理人の土屋公献元日弁連会長が買い主側の緒方重威元公安調査庁長官に騙(だま)される事件として注目を集めました。

 なぜ、元日弁連会長ほどの方が騙されたのでしょうか。

 登記事務の方法に原因の一つがあります。

 新聞によれば、緒方元長官が売買代金支払いの前に中央本部の所有権を買い主側に移転させる「先行登記」を強く要求し、これに対して土屋元会長は「代金受領前の先行登記は通常では絶対行わない。しかしながら、中央本部が合法的に差し押さえを免れるためには、それもやむを得ない」と要求をのんだと報じています。

 なぜ、緒方元長官が「通常は絶対しない」「先行登記」を要求したのでしょうか。

 売買は、所有権移転と代金支払いが対価関係にあり、この二つは同時に履行しなければ、公平ではありません。

 ところが、実務ではこの同時履行が確保され難いのです。なぜなら、売り主の売買代金受領と異なり、買い主への所有権移転は、登記申請が受理されて初めて、それ以後の第三者の差し押さえ等を排除できるからです。しかも、買い主所有権移転の前に第三者の差し押さえ等が登記されているかどうかは、登記が完了し、登記記録の登記事項証明書を見てからでないと分からないからです。

 緒方元長官は、売り主の信用状態が悪化しているので、第三者の差し押さえ等を確実に防止する方法として「先行登記」を要求し、土屋元会長はやむなく同意したのです。

 やむなく同意したのは、この「先行登記」では売買代金を確実に受領できない不安が売り主に残るからです。

 登記専門家である司法書士は、この対策としてさまざまな方法を準備しています。

 そのなかで最も簡易に第三者の差し押さえ等を排除できる方法が「先受付(さきうけつけ)方式」です。この方法は、売り主と買い主の登記申請に必要な売り主の登記識別情報(旧権利証)、印鑑証明書等の書類を一切添付せず、司法書士が作成する登記申請書のみで所有権移転登記の受け付け番号を先に取得し、売買取引の決済後に添付すべき書類を補完する方法です。

 司法書士が、広報を通じて、この方法を徹底していたら、土屋元会長も売り主の権利を危険にさらす「先行登記」の要求を拒むことができたと思われます。

 今後の課題は、一時間以内で登記を完了させるシステムをつくることです。そうすれば買い主が司法書士の立ち会いの下で自己名義の登記完了を確認でき、同時に売り主に売買代金を支払って安心して取引を終了させることができるのです。

 そのことにより、民法が要請する公平の理念である、同時履行の実効性が手続き的に担保されます。登記事務の民営化が問題になっていますが、民営化になれば、おそらく一時間で登記完了させるシステムはできるのです。






(上毛新聞 2007年12月18日掲載)