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ギャラリーFROMまえばし主宰 高橋 里枝子(前橋市上小出町)

【略歴】 前橋市生まれ。立教大史学部中退。書店・煥乎堂元取締役。学校・公立図書館やギャラリーを担当。2006年1月「ギャラリーFROMまえばし」を開設。

ほんとのはなし

◎やっぱり本っていい

 私は小さいころ、大きくなったら本屋さんになりたかった。というと、実家が書店だったのだから変な話だが、私のイメージの中では、薄暗い小さな本屋で、一人で店番をしているのだ。お客もあまり来ず、たまに来るとわざとハタキなどをかけ、客の帰った後は店の奥の机で、おもいっきり本を読みふけるのだ。もちろん子供だから、マンガ。そんなふうに空想していた。小学生時代は図書係になって本にハンコを押したりして放課後を過ごし、大人になって図書館でハンコを押す仕事なんて素敵(すてき)だろうなあ、などと思ったりもしていた。

 すっかり大人になって、両方とも図らずも私の現実の仕事となった。空想とは反対に大変な仕事ではあったが、どこか心の奥のほうに小さな時の単純な憧(あこが)れのようなものが残っていて、それが私を支えてくれたような気もする。そんなわけで本は好きだったのだが、人生なかなかうまくいかない。

 私の両親は本が好きで、家中、本の匂(にお)いがしていた。いつもさまざまな話がとびかう家であった。そんなある日、『少年少女世界文学全集』という、当時としては立派な厚い本が届いた。戦後初めての子供向けの文学全集で、親としてはかなり奮発してくれたらしいのだ。ところが、これがいけなかった。元来、真面目(まじめ)な性格が祟たたり、とにかく届く本を最初から読み始めたのだ。『十五少年漂流記』など面白かったのだが、何冊目かの時に『ああ無情』が届いた。これを読んで私はショック状態となったのだ。

 母に言わせれば、いやなら読まなきゃよいということなのだが、とにかくすっかり人間不信となりながら読み終わった後、続きに一つ短編があり、『金時計』とかの題だったと思う。逃げてきた兵士が麦藁(むぎわら)の山に隠れたのを見た少年が、追ってきた隊長のチラつかせる金時計を見せられ、指さしてしまうといっただけの数ページの小説だったように記憶している。これが止(とど)めを刺すことになったのだ。以後、大学に入るまで、生きている人間がいやで、星や自然科学、古代史といった本しか読めなくなった。かろうじて宮沢賢治の童話を、心が傷つかない気がして読んでいたくらいだった。大学に入ってサークルで仕方なく読んだ福永武彦の小説『草の花』に出合うまでの長い月日だった。

 それでも本屋というのは良いものだ。学生のころ、友人にも親にも言えず、信仰も持てず、かといって死ぬわけにもいかず苦しんだ時、本能的に本屋に飛び込んで、本の森を彷徨(さまよ)ったものだった。そして不思議なことに必ず一冊の本と出合うのだった。そして思う、「助かった!」と。

 今、ギャラリーで閑(ひま)な時、先々のことは心配にはなるものの基本的に楽天的なのだろう、幸せな読書タイムとして割り切ることにした。現在は、文庫になった塩野七生の『ローマ人の物語』にすっかりはまり、大興奮している。五百円くらいでこんなに楽しめるなんて、つくづくありがたいと思う。やっぱり本っていいなあ。これ、ほんとのはなし!






(上毛新聞 2008年1月5日掲載)