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群馬大大学院工学研究科教授 片田 敏孝(桐生市末広町)

【略歴】 岐阜県出身。災害社会工学が専門。災害時の情報伝達や危機管理、避難誘導策を研究し、住民とのワークショップを通した地域防災活動を全国で展開している。

災害時の南牧村

◎超高齢化補った共助力

 高齢化率日本一の南牧村。その南牧村を昨年秋、台風9号が襲った。谷筋に沿って走る細い山間の道路は土砂崩れで寸断され、多くの集落が孤立した。高齢者が住む谷間の家屋は、谷から溢(あふ)れ出した土砂混じりの濁流にあらわれ、対応の仕方によっては多くの犠牲者が出たであろう大規模な災害であった。

 しかし、南牧村はこれほどの災害であったにもかかわらず、犠牲者を一人も出さなかった。近年の災害においては、犠牲者の多くが高齢者で占められ、災害時要援護者対策として、その方策が議論される昨今である。南牧村に学ぶべく、被災直後の現地に入って、住民や役場に話を聞いた。

 日本一の高齢化率の村となれば、住民一人一人の対応力にはおのずと制約がある。集落で見かけるお年寄りの足取りからは、とてもあの災害への対応が円滑に行われたとは思えない。早速、お年寄りに声を掛けてみた。

 お年寄りたちは、「一段高い所の住民が車で迎えに来てくれた」「ご近所の方に、コンニャク芋の袋で土嚢(どのう)を作って浸水を防いでもらった」など、集落の住民に助けられ、本当に感謝していると口をそろえた。山深い集落に残された豊かな人間関係の力、まさに共助の力である。たとえ個人の災害対応力が低くなりがちな超高齢化社会の村であっても、お互いの生活状況、身体状況にまで気づかい合う日ごろの人間関係があれば、その弱点を補うに足りる共助力を発揮し、災いをやり過ごすことができる。

 南牧村役場の対応も、小さな村だからこそできた、きめ細かな判断に基づくものであった。村はこの事態にあっても避難勧告をあえて発令しなかった。法令に基づく避難勧告は、指定された避難所への避難を住民に求めるものである。しかし、この地の避難所は、土砂混じりの濁流が流れる谷間の一本道を下った先にあり、車を持たないお年寄りは、土砂災害の危険を冒して、徒歩で向かうことになる。それはあまりにも危険が大きい。それを村役場は強く意識した。そこで役場は、あえて避難勧告を出さず、集落内で助け合って対応し、避難することをケーブルテレビや防災行政無線で呼びかけた。

 このような対応は、村役場が各集落や住民個々の事情を的確に把握していたからこそできたことであり、住民の顔をお互いが知り得る小さな村でこその対応であったといえよう。市町村合併が進み、自治体の規模が大きくなる中、南牧村のようなきめ細かな対応が各自治体にできるのか、いささか不安になる。

 近年の豪雨災害の多発は、地球温暖化の中で一層その頻度を増すことが予測される。そして、社会は高齢化を加速させる。その中で南牧村は大規模な災害にもかかわらず、住民同士そして住民と役場の協力で、災いをやり過ごした。そこに学ぶべきことは多いのではないだろうか。






(上毛新聞 2008年1月30日掲載)