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奥利根ワイン社長 井瀬  賢(沼田市横塚町)

【略歴】 前橋市出身。前橋工高卒。建設会社勤務、酒販店経営を経て、1991年に奥利根ワイン創立。2002年に昭和村へ移転。元利根沼田小売酒販組合専務理事。

作り手の願い

◎ワインのある生活を

 フランスのブルゴーニュやボルドー地方のワイナリーツアー(ワイン工場見学)では、まず最初にブドウ畑を案内し、次にセラー(醸造所)、そしてテイスティング(味覚)へと案内してくれます。明るい太陽の日差しは熟成を約束し、どんよりした空はブドウのミネラル分を高め、ワインの寿命と複雑さを与えてくれます。「セラーではワインは作れない。ワインは畑で作るものだ」と熱く語ってくれました。その他のワイン先進国のワイナリーのオーナーたちも同じく熱かったです。

 いま、私たちのワイナリーは銀世界の中で、春本番を迎えるべく準備しているところです。昨年と同様、比較的に積雪は少なく、これからの剪定(せんてい)作業には足元の負担が少なくて済みそうです。今年もブドウ畑に多くの皆さんをご案内しますヨ。

 清酒の作り手を杜氏(とうじ)といい、ワインの作り手はワインメーカー(醸造家)といいます。当社のワインメーカーは剪定作業が終わると、毎年、米国オレゴン州に出かけ、ワインメーカー仲間に指導を受け、情報を持って帰ってきます。

 世界中で植え付けられているワイン用のブドウは、フランスがルーツのようです。同じ品種のワインでもその味わいは、国や産地によって異なったものに仕上がります。その土地の気候、地形、土壌など個々の要素がワインの違いに現れるもので、「テロワール」といいます。これを多様性と理解すれば、あらゆる食べ物、さらに広げるとあらゆる文化にテロワールを感じることができると思います。

 しかし、土壌とか、テロワールとか、そんな難しい知識は、飲む人にとってはどうでもいいことで、楽しく飲むのに関係ないことかもしれません。どんな男たちが、どんな所で、どんな思いで、この一瓶を作ったか。それだけで十分かも。この方が会話に弾みがつき、料理もより美味(おい)しく感じられるものですよね。また、どんなに高価なワインを飲んでも、その味は二日三日で忘れますが、誰と、いつ、どんな所で飲んだというシチュエーションは長く記憶に残るものだと思います。

 フランス人のフランソワーズ・モレシャンさんは「おいしいワインを開ける時、そこにはいつも友情が存在していた。両親や友の笑顔、優しい声、丸いテーブルにキャンドルの温かな灯、母の手作り料理、そしてグラスの中の赤い色、ワインは味だけじゃない。まわりの環境、愛情などとともにもっと美味しくなるもの」と語っています。

 私もワイナリーツアーで参加者の皆さんに言っています。「ワインのコレクターにはならないで。ワインを酔っぱらい酒やヤケ酒にしないで。ワインは食事を美味しくする演出家ですよ」と。ワインの作り手からの願いとして、ワインを楽しむだけでなく、ワインのある生活をしていただきたいと…。






(上毛新聞 2008年2月17日掲載)