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園芸研究家 小山 征男(高崎市引間町)

【略歴】 横浜市出身。高崎市で山野草を扱う中央植物園を営み、代表取締役。全国山草業者組織「日本山草」役員。「NHK趣味の園芸」講師。著書は『山野草』など。

植物の名前

◎由来や語源調べよう

 二階の女が気にかかる。いきなりストーカーまがいの話で恐縮ですが、これは「二貝の女が木にかかる」で、旧漢字の櫻のことでした。さて、そのサクラ。そろそろ「前線」の北上が気にかかる時節です。願わくは旧暦如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ、には咲いてほしいものです。

 日本の春は国中がサクラ色。品種も多く、日本人に最も馴染(なじみ)のある植物ですから、菊とともに国花として誰しも認めるところです。しかも、菊は中国渡来の植物ですが、ヤマザクラの仲間はれっきとした日本の植物。ならば、櫻の漢字の本家中国はというと、サクラの仲間の種類は日本より多いのですが、われわれが見慣れているサクラとは別の種類です。

 もちろん、記紀万葉以前の古代人もヤマザクラを見ていたのですが、ソメイヨシノに酔う現代人とは見方が違っていたようです。ちょうど開花は大切な稲作の開始時期。人々はその状況を静かに眺め、長く咲いていることを吉として、その年の作柄を占っていたのです。それ故、少しでも長く、花が散らずにいることを神に祈ったことでしょう。

 そのようなことから、サクラは田の神が依(よる)花とされ、サクラの語源の一つの説明にも用いられています。すなわち、民俗学では、皐月(さつき)、早苗、早乙女などの「サ」は田の神を指し、「クラ」は神の御座所という意味の座(くら)であることから、その「サ」と「クラ」でサクラという説です。あるいは、「咲く」に複数を意味して「むら」または「ら」と読む「群」とで「咲群(さくら)」説、「木花之開耶姫(このはなさくやひめ)」に由来する説など、説得力のあるいくつかの説があります。

 最近の園芸店の売り場には、何とカタカナの植物名が多いこと。ご存じシクラメン、プリムラ、ヘレボルス…。園芸を楽しむには、この程度の属名は覚えておいたほうがよさそうです。暗号のようでも、毎日手入れをしていれば自然に覚えてしまいます。

 でも、少し時間をかければ、確実に覚えられる方法があります。それは、植物名の由来、語源などを調べてみることです。「二貝の女が…」式の暗記では、漢字は記憶できても意味や語源は分かりません。多くの花が枝を取り巻くように咲く様子を、古代女性の美しい貝の首飾りにたとえた植物が「櫻」。日本語のサクラの語源は前述のごとし。シクラメン(Cyclamen=キクラメンとも読む)にしても、原種のほとんどが、受精するとその花梗(かこう)は果実を中心に渦巻き状になるために、円や旋回を意味するギリシャ語のキクロス(kiklos=旋回する)に由来していることが分かります。

 栽培と並行して植物にまつわる事柄を調べてみませんか。始めると、次から次へと新しい世界が展開してきます。それによって、植物名は多くの知識と有機的に結合した形で記憶されます。しかも、今まで、見ていても見えなかったものまで見えてきます。

 嬰児(みどりご)のような葉を添えて咲くヤマザクラの下で、ハラハラと舞い始めた花びらの行方を眺めていると、その景色に一喜一憂する古代人の気持ちが分かるような気がするのです。






(上毛新聞 2008年3月6日掲載)