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神経心理士 福島 和子(富士見村赤城山)

【略歴】 国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。県内2カ所の病院に勤務。著書に『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』がある。

先天性の障害

◎可能性を見つけだす

 子供たちの脳の障害は生まれたときからある先天性の障害と、あとから受ける後天性の障害があります。先天性の障害は子供がどのように発達し成長していくかということの大きな妨げになります。このような先天性の障害を引き起こすものの一つにダウン症候群という病気があります。

 A君はこのダウン症でした。お母さんはそのショックに負けないで、いろいろな可能性を探ってきました。身体の機能の発達を促すドーマン療法がいいと聞けば米国まで行ってこの療法を受け、日本に帰ってきてもその通りに自分でやっていました。この方法は身体の機能を発達させることにはとても効果がありました。しかしA君は四歳になってもわずかしか言葉を話すことができなかったのです。

 お母さんは病院にA君を連れてきました。そこで脳の言語野という、言葉を聞いて理解したり話したりするところの発達を目的にした言語認知治療を行いました。これはまた脳の高次神経機能の治療でもありました。と同時に、幼稚園に入園することを勧めました。認知治療で、いろいろな刺激を受け入れる力がでてきたA君には、自分と同じ年の子供と話したり遊んだりする幼稚園の生活が大きな刺激になりました。

 このように脳の認知機能はいろいろな刺激をいろいろな入り口(視覚・聴覚・触覚など)を通して受けることによって総合的に発達します。

 A君はその後、人の言葉は理解できるようになりましたが、自分から話すことは簡単なことに限られていました。人が成長する段階で、言葉は九歳から十歳までぐらいで脳の発達しようとする力が鈍ってしまいます。そこでお母さんは、A君を友人の施設に入れて生活全部を学ばせることにしました。それは今まで片時も離れたことのない親子の大きな決断でした。A君はここで大きく成長しました。その後、A君は自分を表現することに出合いました。今、A君はその道で活躍しています。

 私のところに相談に来られる障害を持った子供のお母さんの気持ちの中には、早く障害をなくして、いわゆる普通児にしたいという願いがあります。私は「その気持ちは痛いほどわかりますが、あえて普通という考えを捨ててください」と申し上げます。A君の歩みの中に、この答えがあると思うのです。

 人間の脳は障害があると、やはりできないことが残る、それでも可能性を持っている、それを見つけだすのが大人(親やセラピスト)の役目です。そして障害を克服するということは、必ずしも障害を持っていない子供に追いつくということではなく、その子が今ある状況のなかで幸せを感じられるようにするということです。

 A君は今でも同じ年の若者と比べたら、言葉の表現が遅れています。でもA君の生き方を認めてくれる場で、彼はいきいきと幸せに暮らしているのです。そういう場を一人でも多くの子供に提供すること、これも大人としての私たちの役目だと思うのです。






(上毛新聞 2008年3月13日掲載)