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県文化財研究会会長 桑原  稔(前橋市天川原町)

【略歴】 工学院大建築学科卒。同大専攻科修了。前橋工高教諭を経て国立豊田高専教授。1993年から現職。中国魯東大客員教授。日中伝統文化比較研究論の講義のため時々訪中。

社寺建築の懸魚

◎源流地は中国雲南省か

 懸魚(げぎょ)とは、建物の妻側で外壁から離れて、棟木の端に吊(つ)り下げる装飾的な繰形板(くりがたいた)をいう。これを絵や写真で示せれば一目瞭然(りょうぜん)であるが、このような説明で読者の皆さまは、ご理解いただけたであろうか。

 この懸魚に相当するものを草葺(くさぶき)民家で見れば、棟の左右の妻側に見る「水」や「寿」の字である。

 中国・雲南省や四川省の奥地に行くと、民家や寺院の屋根において、左右の妻側に突き出した棟木の端に、魚の絵を描き、魚の形に切り抜いた板を吊り下げているのをよく見受ける。

 現地での聞き取り調査を進めていくと、左右の妻側に吊るした板を日本と同様に「懸魚」と書くことも判明した。

 李昆声・雲南省博物館長の話によれば、現在のところ懸魚を認める最古の例は、同省都・昆明の南方七十キロの所にある石寨山(せきさいざん)古墳から出土した青銅製の埴輪家(はにわや)であるという。紀元前五世紀ごろの古墳と考えられているから、約二千五百年も前に遡(さかのぼ)る。出土の遺物の中には、人間のいけにえ祭りを行っているものもあるが、三棟の青銅製の埴輪家も存在し、その妻側に懸魚を鋳出(ちゅうしゅつ)しているのである。

 李館長は、魚(懸魚)と竜は、切っても切れない非常に深い関係があるのだといい、次のように説明してくれた。

 (1)魚は蛇を水中に案内し、蛇が竜に変身するための仲人役をする。

 (2)魚の案内によって蛇が水中に潜れるようになると、竜に変身することができ、さらに天に昇ることができるようになって竜神になる。

 (3)中国語で「魚」は「余」と同じ発音であり、「物が余る」意味から「金持ちになる」と同義となり、「縁起が良い」に通じる。

 (4)魚は水と縁が深いことから、家が火事にならないための「火伏せ」の意味もある。

 (5)建物の棟木は竜の胴体に相当、竜が魚をくわえた様子を表現したのが懸魚である。

 華世●・雲南民族大教授によれば、雲南省、四川省、貴州省などでは、半世紀以上前に遡ると都会に近い広範囲で、懸魚を見受けたという。しかし、近代化が進む現在では、辺ぴな少数民族居住地域に行かない限り、ほとんど懸魚を目にすることができなくなってしまったそうだ。

 日本において、主に社寺建築の妻側を見ると、必ず懸魚と称する装飾的な繰形板を吊り下げている。しかし、魚の形を表すものは皆無である。また、その形から「魚を懸ける」という連想は全く思い浮かばない。それにもかかわらず、なぜ「懸魚」と書くのであろうか。大いなる疑問が生ずるのである。

 筆者は、懸魚の源流地は南西中国、特に雲南省にあると考える。その大きな根拠として雲南省は、世界の稲作やお茶の源流地とされていることを挙げねばならない。

 渡部忠世・京都大名誉教授による研究では、水稲耕作の発祥地はアッサム・雲南であり、そこから世界に伝播(でんぱ)した。また雲南の南西山地へ入ると、樹齢二千年に達する老茶樹があり、世界で最初に茶葉を加工し、お茶を飲んだという哈尼(はに)族も大茶樹と共存しているのである。

編注:●は金ヘンに光






(上毛新聞 2008年3月14日掲載)