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伊香保おかめ堂本舗取締役 真渕 智子(渋川市伊香保町伊香保)

【略歴】 群馬大工学部卒。渋川市伊香保地区地域審議会委員。元NTTデータ職員。2001年から、伊香保温泉の石段街にある民芸「山白屋」を母とともに切り盛り。

「当たり前」を旅する

◎価値に気づき愛着へ

 伊香保石段街唯一の小学生となったわが子のところに友達が遊びに来た時、彼らは私たちの家をあちこち覗(のぞ)き回り、「すごーい!」を連発した。築八十年(詳細は不明)のわが家は重厚でも豪華でもないが、石段街の生活を色濃く映した不思議な建物だ。玄関はなく、店舗である出入り口から入るとそこは建物の二階。下にも上にも住居部分となる部屋があるが、下の階には勝手口があり、石段街のわき道へ抜け出られる。壁は隣の家と共有する長屋づくりで、上の部屋にはさらに階段が続き、屋根裏部屋を抜ければ屋根の上に登れる。これらは私たち住人には当たり前のことだが、彼らにはよほど珍しく映ったに違いない。

 近年、観光に対する考え方は大きく変化してきた。名所旧跡を訪ね、温泉につかり、名物を食すといった従来型の観光に加え、地域の芸術文化に触れ、歴史や自然を学び、行事にかかわるなど多種多様な「体験」としての観光の在り方が注目されている。生活者にとっての「当たり前」を見、聞き、体験することが「旅」の醍醐味(だいごみ)のひとつに数えられるようになったのだ。

 伊香保おかめ堂本舗は、「伊香保の街をもっと魅力的に!」という気持ちから集まった旅館や商店の若女おかみ将たち四人が立ち上げた会社で、わたしも構成員の一人である。これまで源泉入りの石鹸(せっけん)などの商品開発や販売を手がけてきたが、応援してくださる方々の協力と後押しがあって、一年と少し前から「栞(しおり)」という名の季刊の無料情報紙を発行している。「しおりは『枝折り』とも書き、後から来る旅人のために枝を折って道しるべとした」という語源に共感し、私たちもそうありたいとこの名をつけ、形も栞に模した。

 専門家にお手伝いいただきながら、企画はもちろん、取材、記事、編集、印刷後の折り作業まで私たち自身でこなす。コンセプトは「ガイドブックには載らない伊香保の魅力を伝える、私たちからの季節の便り」だ。

 普段はあいさつ程度しか交わさない伊香保の達人たちを訪ねて何時間も話を聞いたり、リュックを背負って坂や石段を歩き回ったり、私たちにとっての「当たり前」をわかりやすく伝えるという作業は、予想に反して時に手間のかかる仕事になったりする。しかし、自分の町を知れば知るほど好きになり、もっと知りたくなり、伝えたくなるから不思議だ。

 東京でのOL時代には四度引っ越しをした。「駅に近く通勤や買い物に便利な場所」ならどの街も同じだと思っていた。けれど今は違う。自分の町を知ることは自分を知ること。自分の町を愛することは自分を愛すること。「当たり前」と思っていたことにあらためて気づき、その価値に新鮮に驚き、愛着は愛情に変わる。

 あなたの街はどんな街ですか。「何もないところ」とどうか答えないでください。当たり前の中の価値に最初に気づく旅人はあなたかもしれません。






(上毛新聞 2008年3月15日掲載)