視点 オピニオン21
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画家 ハラダ チエ(東京都杉並区)

【略歴】 館林市出身。武蔵野美術大日本画学科卒。故片岡球子さんに師事。個展をはじめ、コンサートの公演ポスターやパンフレット、舞台衣装など多岐に作品を発表中。

地球に敬意

◎絵の中の自然は永遠

 電車に揺られて、私はのんびりと春の日差しを背中にあびていた。列車が加速するにつれ、私の右足は自分の車のアクセルを踏む感覚に変わった。車は猛スピードで道路を走り出し、そのうちに塀にぶつかって、電柱を薙(な)ぎ倒し、歩道に乗り上げたその直後、ガクッと全身の力が抜けた。このところ毎日車を運転していたせいか、うららかな日の列車の移動が夢うつつの中で冷や汗ものになってしまった。

 ちょうど私は「エコ安全ドライブ」という、日本郵便の赤いバイク約九万台と四輪車約三万台に張られるシールのイラストを描いたところだった。近ごろさまざまな企業が、二酸化炭素(CO2)排出削減と安全運転を推進する目印としてエコロジカルなステッカーを各業務車両に張っている。私もこのコンセプトを受けて、環境保護という大きなテーマをシールという小さな制限の中で、一目で伝える目的を果たさなければならなかった。今までの感覚優先の私の描き方だけでは賄えない思考回路が必要になっていた。

 いつものように私は、私のイメージの中の住人である、『もう一人の私』を呼び出してアイデアの提供を急(せ)かせた。「ノー排ガスで、鳥が手紙をくわえて運ぶっていうのはどう?」。『もう一人の私』がすぐにやって来てこう言った。私は「ありふれた感じがする」と答えた。他の企業は葉っぱの中に車の形をくり貫いたデザインなどエコのイメージはやはり緑が多かった。「だったらCO2を吸収する森を描いて、あなたの理想の町を表現したら?」

 話は決まった。そうして、切手の形をしたシールの中に、青空を白い鳥が手紙を運び、見下ろす丘には澄んだ湖と緑豊かな森があり、少年がポストに投函し、奥さんは庭先の郵便受けを覗(のぞ)いている、ある日ののどかな情景に凝縮させた。

 以前、父が館林市の、城沼に広がる蓮(はす)の絵を描いていて私にこう言ったことがあった。「こんな風景は今はもうないよ。駐車場になっちゃったから」

 絵は絵描きのメッセージだ。絵の中では自然は永遠となる。せめてそんな形で地球に敬意を示したい。

 しかし今、こんな時代を生きる私たちは何より「意識」を持つことが大切なのだ。国レベルでは、世界最大の温室効果ガス排出国の米国は京都議定書を離脱しているし、日本も排出量第四位であるという。だからこそ個人の微々たる努力の積み重ねを考えた時、私も無む闇やみにごみを出さなくなり、無謀な運転もしなくなり、アルコール摂取量が減りさえすれば、エコロジカルな人間が一人でも増えるではないか!と、この原稿を書くために飲み干した、転がっているビールの缶を数えながら、思った。






(上毛新聞 2008年4月19日掲載)