視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
元障害福祉サービス事業所ぐんぐん所長 山口 久美(高崎市石原町)

【略歴】 日本福祉大卒。約20年、知的障害者の福祉に携わる。2007年3月、高崎市内に自閉症の人たちの自立を支援するためのパン工房とカフェを開設した。

支え合いの暮らし

◎安心のサービスは無料

 今回もまた、長野の山の村のお話から。

 還暦を迎えた近所のばーちゃんが、私の娘と同じ年のころからお世話になっているという富山の薬売りのじーちゃん。「五十七年のつきあいのはずだ」と、優に八十をすぎた薬売りのじーちゃんはにこにこ。お茶を飲みながらの世間話。その間、薬箱から次々出てくるゴム風船で、いろいろなものを作っては、娘に「はいよ」。初めは見知らぬじーちゃんに緊張していた娘も、すぐになついて、薬の箱を珍しそうにのぞき込みます。

 誰々さんちの○さんは相変わらず元気だ、とか、どこそこの△さんちの孫が嫁をもらったらしい、とか…。ばーちゃんは、薬売りのじーちゃんの情報で、友人や知人の無事を確かめ、薬売りのじーちゃんを介して、みんなが地域の情報を交換。常備薬の箱にいっぱいの薬を処方し、腰を上げたじーちゃんは、大きな黒い革の鞄(かばん)を原付きバイクの後ろに載せて、颯爽(さっそう)と次のお客さんのところへ走り去っていきました。

 その後ろ姿を見送りながら、世の中で盛んに語られている「コミュニティー」という外来語が妙に浮ついて感じられたのです。日本に昔から根付く支え合いの暮らしが、この村には今も生きています。

 守秘義務を負ったケアマネジャーさんは、ひとり暮らしのばーちゃんに、近所のじーちゃん、ばーちゃんの近況を語ってくれるでしょうか? 時間単価に縛られたケアワーカーが、時間のたつのも気にせず、ばーちゃんの世間話につきあってくれるでしょうか?

 この村には、知的障害のある青年がいます。村中、いえ、隣村の人たちも、みんな彼のことを子どものころから知っています。お祭りの夜には、ちゃんと一人前の酒の席を用意され、男衆として御輿(みこし)も担ぎます。

 障害のある人たちの「完全(社会)参加と平等」「(入所施設から)地域生活への移行」。福祉の世界で働きだしたときにはすでに、声高にいわれていましたが、現実は、二十年たった今も、あまり変わっていません。

 一体誰が、障害のある人たちを社会から追い出したのでしょう? なぜ、自分の生まれ育った地域で暮らせていないのでしょう? 障害のある人たちは、どこで暮らし、何をしているのでしょうか? 誰もが暮らしやすい街って、どんな街でしょう?

 高崎の街の一角にあるパン屋さん。何度も訪ねてくれる常連さんは、おいしいパンだけでなく、「そこにいつもいる人」との会話と、どんな人も受け入れ、ほっとできる空間も楽しみにしてくれている…と感じています。

 障害のある人を支援する私たちだからこそできる「安心」のサービスは、無料です!






(上毛新聞 2008年4月20日掲載)