視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
神経心理士 福島 和子(富士見)

【略歴】 国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。はるな脳外科、篠塚病院に勤務。著書は『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』。

交通事故の後遺症

◎脳の回復力を知ろう

 子供たちが生まれた後で受ける脳の障害の多くは交通事故です。交通事故で重症を負うと命は助かっても重い後遺症が残ります。後遺症はからだの麻痺(まひ)や言葉の障害として残ります。

 B君は小学校五年生の時、交通事故にあいました。右手や右足に麻痺が残りました。そして言葉がほとんど話せなくなりました。人の話していることは理解できるのですが、言葉を言い出せないのです。このような症状を失語症といいます。そして、からだのリハビリとともに失語症の認知言語治療を始めました。

 B君は最初言われた言葉の真似(まね)もできませんでした。物の名前が出るようになったのは一年以上たってからでした。それもいつでも言えるわけではありません。今、中学二年生。最近やっと「…は…です」という文の形で話ができるようになってきました。B君は言葉を新しく覚えなおしているので時間がかかっているのでしょうか。そうではありません。交通事故での脳のダメージが大きかったので、脳の回路がなかなか復活してこないのです。でも時間がかかっていても脳は確実に回復してきているのです。脳の回路が繋(つな)がってくると、今までB君の脳に記憶されていた言葉が働き出すのです。

 C君も小学六年生の時に交通事故で右の脳に傷をうけました。リハビリをして、左手は使えるようになりませんでしたが、左足は軽く引きずる程度まで回復しました。言葉を話すことは問題がありませんでしたが、ものを覚える力が少し落ちていました。

 C君は退院してそのまま学校に戻りました。私がC君に再会したのは、それから十年もたってからでした。左手に障害が残ってはいましたが、就職して働いていました。会社へも車で通勤していました。ところが、大きな事故ではないのですが車の事故を何度も起こしているのです。両親が心配して病院に連れてきました。

 検査でC君は物をしっかり見る力(視覚認知)、ものを覚える力(記銘)が低下していました。高次脳障害です。一見問題がなさそうでも、いろいろな物事を複合的に解決しなければならないときは、高度な脳の働きが要求されるのです。C君はそれから二年認知治療を受けて、車の事故も起こさなくなり、日常生活の問題もほとんどなくなりました。

 子供の脳の障害は回復しやすいといわれますが、時間はかかります。後になって問題が出てくる場合もあります。これでダメだ、これ以上もう治らない、と思ったり言われたりすると人間は本来持っている力までなくしてしまいます。でもB君やC君のように、人間の脳はどんな場合でも、どんな時からでも回復する力を持っているということを知ってほしいのです。






(上毛新聞 2008年5月8日掲載)