視点 オピニオン21
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上武大ビジネス情報学部准教授 花田 勝彦(高崎市大橋町)

【略歴】 京都市生まれ。早稲田大卒。エスビー食品を経て、2004年から現職。アトランタ五輪1万メートル、シドニー五輪5000メートル、1万メートルの日本代表。アテネ世界陸上マラソン日本代表。

レースへの備え

◎心は常にプラス思考で

 四月から始まった陸上競技のトラックシーズンも、ゴールデンウイークを過ぎていよいよ後半戦に突入した。この後には関東インターカレッジ、全日本大学駅伝予選会など、各校の代表選手たちが競う大会が控えている。

 上武大駅伝部の大半の選手は、記録会など数レースに出場したが、その中で自己記録を更新できたのは全体の四分の一ほどだった。今年は寒暖の差が激しく、天候に恵まれなかった面もあるが、厳しく言えば多くの選手がレースに備えた体と心の準備ができなかったということである。体の準備不足は、トレーニングを積むことで解決できるが、心の準備不足はそう簡単にはいかない。練習はしっかりできているのに、レースでは不安で思うように走れないといった選手も多いからだ。

 レースは他者との勝負なので、ある意味では“戦い”かもしれないが、負けたからといって命まで取られるわけではない。選手たちには、失敗を恐れずチャレンジする気持ちで走るようアドバイスはしているが、いざレースになると、なかなかそうはいかないようだ。中にはレースを怖がってしまう者もいて、そうなると、自己防衛本能が働き、極度に緊張したり力んだりして本来の力を出せずに終わってしまう。

 実は私自身も、学生時代はそうした本番に弱いランナーの一人だった。普段の積極的な走りが試合でできないことが多く、“ガラスの心臓”とよく冷やかされたものだ。しかし、図書館で見つけた『メンタル・タフネス』という本を読んだことがきっかけで、大学三年の夏ころからはレースでも徐々に自分の走りができるようになっていった。その本に書かれていたことは、要するに「常にプラス思考で。そしてベストを尽くすこと」ということである。

 例えば風の強い日にレースがあったとする。普通なら「この強風の中では良い走りができない」と考えるが、「これはチャンス! 突風が吹いた瞬間にスパートしたら勝てるかもしれない」と考えることができたら、悪天候は勝利へのプラス要素に変わったといえる。大げさかもしれないが、未来に対してマイナス思考でいるよりプラス思考でいた方が、少なくとも頑張ろうという気にはなるはずだ。

 ランナーとして良いタイムや結果を残すことも大事だが、もっと大切なのはベストを尽くし、自分の満足いくレースをすることである。ベストを尽くしても負けたら、それは勝った選手が自分以上の努力をしていたと考えればいいのだ。

 勝者と敗者が握手を交わし、そして互いの健闘をたたえ合う―それがスポーツの素晴らしさだと私は信じている。






(上毛新聞 2008年5月23日掲載)