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東京芸術大美術学部彫刻科教授 深井 隆(東京都板橋区引)

【略歴】 高崎市出身。東京芸術大美術学部卒、同大大学院修了。1989年、平櫛田中賞受賞。2005年から現職。翼が付いたいすをはじめ、木彫を得意とする。

一流の古美術品

◎公共施設に保管すべき

 今年の三月、鎌倉時代を代表する仏師、運慶作と思われる大日如来坐像がニューヨークでオークションにかけられたニュースを覚えている方は多いと思います。ゴッホやピカソなどの絵画が高額で取引された話題は結構ありますが、日本の古い仏像がこのようなことで注目を浴びるのはあまりないことです。彫刻にたずさわる者としていろいろと考えさせられました。

 写真で見た範囲内のことですが、なるほど運慶らしいボリューム感と写実性を感じる像です。運慶の大日如来像と言えば奈良の円成寺の国宝が有名です。二十代の時につくったと言われている、みずみずしい感性に溢(あふ)れた造型が大変魅力的です。それに比べ、この像は小ぶりながら力強さを感じさせてくれます。寺や美術館等に収蔵されず、国宝や重要文化財などに指定されていない個人の所有する一流の古い美術品は、まだまだ数多く世の中にあるようです。今回のことで、これらの美術品が海外に流出しかねない問題が露呈しました。

 結論から先に言ってしまえば、私はある一定水準の古美術品の私的所有はいかがなものかと思っています。所有権など現状ではいろいろと問題もありますが、少なくとも美術館、博物館などの公共施設に保管すべきだと考えます。万が一の時には所有者個人より格段安全です。それというのも、これらは国全体の宝物だと思うからです。

 昔、ある会社のトップが有名な絵を購入し、自分が死んだら棺桶(おけ)に入れたい、といった趣旨の発言をしたことがあります。冗談だと思いますが、金を払ったのだから自分のものだ、というコレクターの気持ちは分からないではありません。しかし、一流の美術品はそのような扱いが許されるものではないのです。

 美術館や博物館に行くと、作品のキャプション(題名、作者、制作年等の書かれたカード)に寄託者が書かれているのを時々見ます。欧米の美術館などでは寄託者の都合でその作品が売りに出されることがあります。そんな時、美術館は来訪者に寄付を募る運動を起こし、人々の寄付により、そのまま美術館に置かれた話も耳にします。

 昨今、絵画などは世界の一部の金持ちの投資や投機の対象になってオークションで売られ、そのまま日の目も見ず、どこかに隠されてしまっていると聞きます。その意味でも、一定水準の美術品は、美術館に置くことの規約(世界全体で決める)をつけて売り買いをすべき時がもう来ているのではないかと考えます。

 あの仏像も日本の宗教団体が購入したとのことで海外流出を免れました。今度はぜひ一般公開して美術愛好家たちの目を楽しませてもらいたいと願っています。






(上毛新聞 2008年5月26日掲載)