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神経心理士 福島 和子(富士見村赤城山)

【略歴】 国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。はるな脳外科、篠塚病院に勤務。著書は『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』。

失語症の治療

◎認知機能回復が先決

 脳は右側の脳と左側の脳では働きが違います。左側の脳の働きで人間にとって一番重要なのは言葉の働きでしょう。左側の脳の横から前にかけた部分が損傷されると、多くの人が言葉がうまく使えなくなります。この病気を失語症と言います。

 失語症というと誰もがまず言葉が話せなくなる病気だと考えます。しかし失語症は単に言葉を話せないという症状だけではないのです。相手が話している言葉を聞き取ることもできなくなるのです。時には言葉を聞き取るだけでなくその意味も理解できなくなってしまいます。

 また脳のもう少し後ろや上のほうまで損傷されると、字を書いたり読んだりすることもできなくなる場合があります。このように失語症は言葉にかかわるすべてに症状が出てきます。

 なぜこのようにいろいろな症状が出てくるのでしょう。それは人間の言葉が脳の働きの一番上(高次)にあり、しかも脳のすべての働きを土台にして行われるものだからです。

 ですから失語症の治療は、この脳の働き(認知機能)を回復させながら行われなければ効果が上がりません。例えば言葉が出ないのは言葉を忘れたからだとして、言葉をたくさん覚える訓練をしても、『覚える』という認知機能が回復していなければ効果は上がらないでしょう。

 このような考え方に基づいて治療する方法を認知言語治療と言います。この方法は脳の働きにそって行われますから障害の重い人では何年もかかります。それでも治るという目標を持って進んでいく時患者さんには希望が生まれます。

 Dさん(男性)は三十代後半で脳内出血を起こし右手足の麻痺(まひ)と失語症になりました。当初は物の名前も言えないし、言葉を聞いても何を言われているか分からない状態でした。言葉を聞くことも、話すことも、字を読むことも、書くこともすべてにわたって障害がありました。

 Dさんは歩くことはできるようになりましたが、失語症と右手の麻痺は残りましたので、退院してからも通院で五年間治療を続けています。今では近所の人ともおしゃべりをするようになり、一人でバスにも乗れるようになりました。

 しかし認知言語治療のプログラムから脳の働きの回復度をみると、まだ半分ぐらいです。でもDさんは家の仕事を手伝いながら、希望を持って治療を続けています。

 ところで失語症にならない方法はないのでしょうか。この病気の原因で一番多いのは脳出血や脳梗塞(こうそく)です。脳出血や脳梗塞は今話題のメタボリックシンドロームによって引き起こされます。メタボリックシンドロームにならないことが一番の予防法かもしれません。






(上毛新聞 2008年6月29日掲載)