視点 オピニオン21
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山の塾・中村ネイチャーハウス主宰 中村 進(富士見村赤城山)

【略歴】 前橋市出身。日本大写真学科卒。ディレクター・カメラマンとしてテレビドキュメンタリー制作に30年以上携わる。北極点、南極点に到達。チョモランマ頂上から史上初の衛星生中継。

地球温暖化防止

◎未来への判断と実行

 先月、日本政府は「二〇五〇年までに温室効果ガスを現状より50〜80%減らす」と提言した。温室効果ガスの主なものは自動車の排気ガス、火力発電やごみの焼却などで発生する二酸化炭素(全体の64%)、冷蔵庫やエアコン、スプレーで使うフロン(全体の10%で二酸化炭素の三千倍以上の熱吸収)、都市ガスや家畜の糞尿(ふんにょう)から出るメタン(全体の20%)などだが、それらのガスが地球の温度を異常に上昇させてきたのだ。そして、「このまま放置すれば地球の生命に大きな危機が訪れる」と世界は警鐘を鳴らし始めた。

 さて、氷の島グリーンランドの最北の村には五十人ほどのイニュイ(「人間」の意でカナダではイヌイットと呼ばれる)が、二百頭あまりの犬と共に今なお昔ながらの狩猟を糧(かて)に生活している。彼らはその地域を「アワネッスワ(北のはて、最北、の意)」と呼ぶ。かつて、イニュイの狩猟生活を記録するため、日本テレビから派遣された私は一年と一カ月、単身その最北の村に住んだ。

 手作りの犬ぞりに乗り、手作りのもりで、人間の持つ勘だけを頼りに、巨大なセイウチと格闘する。北極の大自然に生息するアザラシやクジラなどの動物が彼らの命を支える食料だ。獲物を得た彼らはその肉の一部をまず海の神にささげて感謝し、次に犬に与え、最後に人間が食べる。空腹を満たす分しか獲物は捕らない。

 彼らは四千年以上もそうして自然界のバランスを保ちながら、現状を維持して生きてきた。テレビも電気冷蔵庫も自動車もない。しかし、自然の恵みに感謝し、自然の法則に沿って生きる彼らの生活は平和だ。

 ところが、ある時「スノーモビルの使用を認めるか否(いな)か」という問題が持ち上がった。スノーモビルの便利さとかっこよさは誰にも魅力的なものだった。しかし、最北の猟師たちは全員が使用禁止に賛成したのだ。理由は「騒音、ガソリンのにおいで動物たちが遠ざかる。行動半径が広がり乱獲につながる。自然と調和してゆくには伝統的な犬ぞりが最良」ということだった。

 最北のイニュイがそうした「判断」のできる人間たちだったことに、私は大きな感動を覚えた。

 地球温暖化。この問題の根本は人類が自然の法則を無視して産業の発展と便利な生活を求め続けてきたことにあるわけだが、いま求められていることのひとつは「未来への判断と実行」であろう。もし文明社会がそれを怠れば、地球の未来を生きる人間は私たちでなく、アワネッスワの「人間」たちかもしれない…。






(上毛新聞 2008年7月4日掲載)