視点 オピニオン21
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園芸研究家 小山 征男(高崎市引間町)

【略歴】 横浜市出身。高崎市で山野草を扱う中央植物園を営み、代表取締役。全国山草業者組織「日本山草」役員。「NHK趣味の園芸」講師。著書は『山野草』など。

趣味

◎重ねた無駄が糧となる

 人の好みはさまざまで、他の人が気にもかけないようなものでも、その当人には「お気に入り」であり、趣味にもなります。

 私事ですが、心の琴線に触れるような曲があります。琴線とはいっても、小生のは引っ張った輪ゴム程度ですが、それでもあの時の共鳴はいまだに続いています。それは、通りがかりの古いビルの中から微(かす)かに聞こえてきた曲でした。音源は知れず、曲名を知るすべもなく、それから旋律を頭に焼き付けての曲名探しが始まったのです。

 当時は学生。小遣いもないのに演奏者の異なる同じ曲のレコード蒐集(しゅうしゅう)が趣味。ヴィヴァルディの「四季」なら、イ・ムジチ合奏団に始まり十数枚。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、シゲティの演奏など十枚、等々。

 そうして、あれから確か二年後。ビゼーの「真珠採り」のアリアと同じ盤の中に、とうとう見つけたのです、あの脳裏に響いていた懐かしい曲を。その曲名は「至上の愛」、原名は「AmazingGrace(アメイジング・グレイス)」。

 一茎一花で、葉も花弁も三枚の植物にエンレイソウがあります。小生が最も長く栽培している仲間の一つで、そのシンプルで鷹揚(おうよう)な草姿に心惹(ひ)かれます。世界的には主産地の北米に、この仲間の約90%、四十種ほどが知られています。それらを求めて、現地に行ったり輸入したりで、集めた種類は三十年でようやく三十数種。けれども、荷の傷みや下手な栽培で枯れたものも多く、現在残るはその半分。

 いつしか、世の中はCDの時代。レコード店が消えて、針の入手も困難。食事を抜いてまでも集めたレコードは今や実家で埃(ほこり)の下。でも、そのおかげで、あの「アメイジング・グレイス」もさまざまな素晴らしい演奏が楽しめました。中でも、ギリシャの女性歌手ナナ・ムスクーリの透き通ったエーゲ海を想(おも)わせるような歌声は、いつでも脳裏に蘇(よみがえ)らせることができます。

 管理の悪さで枯らした多くの植物、埃に埋もれたままのレコードなどなど、思えば、性懲りもなくずいぶん無駄なことをしてきました。しかし、考えてみると、このような趣味の無駄が、糧となって私を育ててくれたような気がします。

 世の中には、趣味とはいえ、多くのその道の達人がいます。できれば、個人的な趣味ではあっても、その卓越した技芸、知識等は、いずれ多くの人に伝えてほしいものです。達人の域にはほど遠くても、小生ならば、枯らした理由を踏まえ、枯れないような栽培法を工夫して伝え広めることが、植物に対するせめてもの恩返しのような気がします。それに、あのレコード、CDなどに保存し直せば、そのうち役に立つこともあるかもしれません。






(上毛新聞 2008年7月15日掲載)