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呑龍クリニック院長 福島 和昭(東京都新宿区)

【略歴】前橋高、慶応大医学部卒。麻酔学を学ぶため、米国に留学。群馬大医学部助教授、防衛医大教授を経て、慶応大医学部教授。2004年4月から太田市の呑龍クリニック院長。



医療の安全

◎医師確保と財源優先を


 WHO(世界保健機関)によると、日本人の健康状態は総合的に世界第一位と評価されている。一枚の保健証があれば診療を受けることができる医療制度と医療関係者の努力の賜(たまもの)と考えられる。

 しかし最近、国民の健康を守る制度に歪(ゆが)みと蛇行を感じる。後期高齢者医療制度はその典型である。医療は社会における共通資本であり、その管理は市場的、あるいは官僚的基準で決めるべきでない。国民が心配している医療崩壊の兆しを未然に防ぐために、国は十分な医師数の確保と必要な医療費を決め、財源優先の政策を行うべきである。

 英国は、サッチャー首相の時に市場原理に従って医療に効率と競争を求め、利益追求を図った結果、医師の削減と医療費財源の抑制による医療崩壊をみた。その後、医師と医療費の増加を試みたが、いまだに完全な回復はみられない。

 日本の医療費は年間三十二兆円で対GDP比8・8%、先進国中十八位。人口千人当たりの医師数は二人で、三十国中二十七位。医師の不足は偏在化のみでなく、絶対数の不足が明らかである。

 現在、勤務医の不足が問われているが、その原因は複合因子が考えられる。新臨床研修医制度(卒後二年間研修義務)の導入と、それと関連する大学の医局制度の崩壊である。卒業後の若い医師は研修後、医局に拘束されることなく自己のキャリアアップを中心に行動するようになり、主に大都市の大病院に集中。地方では医師の過疎を来し、医師偏在状態が起こった。国の医療費が医療環境に対応して配分されないため人員の十分な配慮もできず、また低所得で働かざるを得ない状態である。

 医療関係者の労働環境も過酷になり、過労による医療事故が起きやすくなった。それに伴い、医療訴訟は増加の傾向に陥り、医師も医療を面目にできなくなった。その結果、勤務医から離れて少しでも生活にゆとりのある開業医に転身するケースが増え、勤務医の不足となった。

 その他、医師不足の原因として女性医師の増加も挙げられる。結婚後、家庭と医療の両立が難しく、専業主婦となるケースが多いためだ。また緊急でないのに患者が来院し、救急医の疲弊を招いたことも医師不足を招いた一因といえる。

 政府は六月、医師の増員を打ち出したが、これは焼け石に水の感がある。医師の増員のみでは真の医療を国民に提供できるか疑問であり、国の基本医療政策の欠陥の改善が必要である。

 医療は人の命の安全を保障する。裏を返せば、その崩壊で国民に被害を与えもする。医療の安全なくして国民の幸せ、国の繁栄は存在し得ない。


(上毛新聞 2008年8月14掲載)