視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
神経心理士 福島 和子(富士見村赤城山)


【略歴】国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。はるな脳外科、篠塚病院に勤務。著書は『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』。



高次脳機能障害

◎求められる治療の場



 右脳の主な認知機能は、空間の中で見ていることを判断したり記憶したりする機能です。ですから右脳の損傷では空間の中にあるものを認知する機能がいろいろに障害されます。人の顔を認識できない相貌(そうぼう)失認、見ているものの半分だけしか脳が認知しない半側空間無視、洋服を見て形がつかめないため、手を出すところや首を出すところがわからなくなる着衣失行という障害もあります。四角い箱がどういう線で構成されているかがわからなくなるという構成障害もあります。あることを順序だてて実行することがうまくできないという失行もあります。計算の繰り上がりや繰り下がりといったことも、空間把握認知に関係していますのでできなくなります。

 しかし、脳の右側の損傷では言葉を話すことにはほとんど障害は出ません(例外は左利きの人です。右脳に言語を司(つかさど)る中枢ができる確率が高いので、失語症になる可能性があります)。

 ですから、言葉が話せて麻痺(まひ)がほとんどなく身体が不自由でない方は、一見何の障害もないように見えます。しかも自分では左側が見えないことも、物が正確に見えないことも気が付かないことが多いのです。中には自分は病気であるということを認識できない病態失認という障害もあります。このような障害を高次脳機能障害ともいいます。

 高次脳機能障害を抱えた人の日常生活はとても大変です。Eさんが右脳の後頭葉の脳梗塞(こうそく)になったのは七十代初めのとき。顔の判別が付かない相貌失認になりました。最初は奥さんの顔も判別できなくて、スーパーに行くと知らない女の人に「おい、帰るぞ」と声をかけてしまい、いぶかしがられたこともありました。散歩していて、案山子(かかし)に「今日はいい天気ですね」と話しかけたということもありました。また漢字が書けなくなりました。どういう線で構成されているか摑(つか)めなくなってしまったのです。

 このような方の悩みは、仕事で些細(ささい)なことでミスをする、車の運転ができないなど、生活全般に問題が出てくることです。しかもその問題が他人に理解されないということです。特に交通事故などの後遺症で若くして高次脳機能障害になった方は、怪我(けが)も治り仕事に復帰しようとすると、一見なんでもなさそうなのに仕事がうまくできない、しかも自分でそのことに気が付いている様子もないので、周囲の人に誤解されてしまいます。

 さらに治療する場や訓練の場がとても少ないことが、余計悩みを大きくしています。認知機能の問題なので、認知治療は効果があります。治療の場とともに日常生活の中で訓練できる場が、今、切実に求められています。




(上毛新聞 2008年8月28掲載)