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eラーニングプロデューサー 古谷 千里(吉井町)


【略歴】北海道函館市出身。IT利用の英語教育が専門。国立大教授、米国コンテンツ制作会社ディレクターを経て、現在、英語学習ソフト開発に携わる。早稲田大非常勤講師。


進化する思考の道具

◎言葉の教育も見直しを


 「より速く」という人類の挑戦の歴史がまた塗り替えられた。北京五輪で、一人の男が百メートルを9秒69の速さで走り抜けた。その男、ボルト選手が使った道具は、パンツとスパイクシューズだけだった。

 「より高く」の記録も更新された。女子棒高跳びの女王イシンバエワは5メートル05のバーを跳び越えた。こちらは棒という道具を使った。棒の長さ、太さ、材質などは選手が自由に選べるという。棒を改良すればもっと高く跳べそうだ。

 実は、ことばも道具だ。脳内に生じた考えを伝えるために、人間はことばという道具を使ってきた。考えに音を当てて、聞こえるようにした。考えに文字を当てて、見えるようにした。ことばという道具にさらに進化した道具を重ねて、今、コミュニケーションはスゴイことになっている。電話は電話線から解き放たれ、どこからでも、どこへでもメッセージが送れるようになった。また、パソコンや携帯電話のメール機能を使って、好きなときに発信し、好きなときに受信できるようになった。しかも、送れるのは文字や音だけではない。写真はもちろん、動画や音楽さえ簡単な操作で送ることができる。

 こんな革命をもたらした道具は、コンピューターである。膨大で複雑な計算作業などお手のもの。込み入ったアイデア、微妙な色、人間の目ではとらえられない高速映像でも、ストップをかけて見つめ、分析し、把握することができる。コンピューターは、私たちのきわめて複雑な脳内活動を目に見える形に置き換えることを可能にした。コンピューターが「思考の道具」といわれるゆえんだ。

 人類は、身体機能を強化する道具にとどまらず、考える力を強化する道具にまで開発の手を伸ばした。その意味で、私たちは人類の歴史的瞬間に生きているといってよい。コンピューターという、複雑な考えを視覚化する道具を持ったおかげで、私たちは自分の考えや感じたことを他の人に伝えやすくなった。世界中を瞬時に駆け巡るインターネットを通じて、意見やアイデアの交換が容易に安価にできるようになった。

 このようなスゴイ時代に突入したというのに、コミュニケーション能力を磨くことは、漢字や英単語を覚えるのと同じだと錯覚している人がいる。日本は世界一高品質のコンピューターを製造できる国。それなのに、子供たちが日常的にコンピューターを使って学習するシーンがなかなか見えてこない。進化を続けるコミュニケーションの道具を使いこなして、より魅力的なアイデアをより多くの人々に伝えられるように、ことばの教育は改革されなければならないと考えている。



(上毛新聞 2008年9月8日掲載)