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渋川市文化財調査委員 今井 登(渋川市北橘町)


【略歴】群馬青年師範学校(現群馬大教育学部)卒。2001年まで県文化財保護指導員。渋川市文化財調査委員のほか、県埋蔵文化財調査事業団理事。




埋蔵文化財


◎地域を知り愛する資料


 渋川市には国、県、市の指定または登録を受けている文化財が現在百七十件ある(『渋川市文化財一覧表(平成二〇)』参照)。いずれも、幾多の困難をのりこえて保護されてきた貴重な「宝物」である。

 赤城山西麓(ろく)地帯には、古くから人々が住んでいたと思われる住居跡が多い。滝沢、三原田、八崎、小室、上箱田、下箱田等の遺跡からはすばらしい、時代と地域と住民生活の特徴を表す遺物が発見されている。

 特に縄文時代中期を代表する「八崎房谷戸遺跡出土土器」(県埋蔵文化財調査事業団発掘・調査、収蔵・展示)、上箱田道訓前より出た「群馬県道訓前遺跡出土品」(旧北橘村教育委員会発掘・調査、収蔵および展示は北橘歴史資料館)は国指定重要文化財として衆目を集めている。国内、海外の展示会でも高い評価を得ている大切な宝物であり、市民の誇りでもある。「成果は群馬県ひいては日本列島の縄文文化解明にも貢献することができる」と道訓前遺跡の報告書序文に記されている。詳しいことは報告書を参照されたい。

 故郷に居住した遠祖がいつごろから住み始め、どのような生活をしてきたか、「郷(むら)の歴史」を知るための貴重な資料である。

 北橘町周辺地域は、埋蔵文化財包蔵地として知られている。歴史資料館では、毎年十月中旬に「縄文まつり」を開き、模擬体験を通して縄文人の生活を考える機会を設定している。生涯学習活動の一環として人気がある。

 また、勢多郡誌=一九五八(昭和三十三)年発行=によると、北橘町には古墳が百三十二基=五三(同二十八)年ごろの実数七十=あったと記されている。古墳時代の地域史を考察する貴重な資料である。地名(真壁、みかど等)、出土品(わらび手刀、勾玉(まがたま)等)、塚名や塚数量から、当時、中央との交流があったのではないかとロマンを語る人もいる。二七(同二)年、東京電力佐久発電所建設工事の際に調査した「八郎塚并ニ西塚発掘日誌」によると、高級な官人の塚だったのではないかと思われる。神話に基づく皇国史観による常民の発掘調査であるが、貴重な埋蔵文化財調査報告書第一号である。

 北橘町には、埋蔵文化財を含めて二十九件の指定文化財がある。指定以外にも、その時代を物語る文化遺産がたくさんある。本年度、特色ある地域づくり事業として「名所旧跡を訪ねる散策マップ」を北橘総合支所経済建設課が作製中である。年内の完成予定と聞く。案内標識、説明板等が活用されることを期待する。

 「地域を愛することは、地域を知ることから始まる」といわれる。「心と体の健康づくりに付加価値を与える散策」の資料となれば幸いである。



(上毛新聞 2008年9月18日掲載)