視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
神経心理士 福島 和子(富士見村赤城山)



【略歴】国際基督教大大学院修了。医学博士。専門は神経心理学、神経言語学。はるな脳外科、篠塚病院に勤務。著書は『脳はおしゃべりが好き―失語症からの生還―』。



認知症(上)


◎不安から逃れる言動



 私たちが今一番なりたくない病気の一つ、それは認知症でしょう。幸運にも大した病気もせず歳としを重ねてきた方が認知症になって、今ごはんを食べたことも忘れてしまうとか、人に財布を取られたとあらぬ疑いをかけるとか、夕方になると家を出てさまよい歩くなどという話を聞くと、ちょっと何かを度忘れしただけで、ああ自分も認知症になってしまったのかと、不安になる人もいるかもしれません。

 しかし認知症は人々の関心を引くわりには、なかなか正確に理解されていません。なぜ人に財布を取られたなどと言うようになるのか、家の外をさまようのか、やたらと怒りっぽくなるのか―。認知症の患者さんを介護している人も、そのことが理解できなくて苦しむのです。またその話を聞いた人はなおさら理解できません。そしてただ不安を募らせるのです。

 実はこれらはみな脳が病気になった結果、脳の認知機能に障害が起きて生じることなのです。それでも以前は痴呆(ちほう)症といわれていたのが、脳の認知機能の障害が原因と分かって認知症といわれるようになり、少しは理解されてきました。

 ではどんな認知機能に障害が出るのでしょう。よく知られているのは記憶でしょう。記憶といっても昔のことを覚えている「記憶」と、今起きていることを覚える「記銘」とは少し違います。認知症の方は初め、記銘に障害が出ます。特にアルツハイマー病は脳の海馬というところが損傷を受けるので、海馬の働きである記銘力に障害が出るのです。

 しかしアルツハイマー病以外の病気も認知症になるので、障害が出るのはこれだけではありません。見る力「視覚認知力」、聞く力「聴覚認知力」なども弱くなります。これらは視力・聴力とは違って脳の働きなのです。記銘とは、見たもの聞いたものを脳に蓄えることです。今見たこと聞いたことを記銘し、前に記憶していたことと照らし合わせながら判断し行動する。この働きがうまくできなくなるのが認知症なのです。しかも認知症の方には自分が記銘できていないということが理解できません。なぜ忘れてしまうのか分からないので不安になってしまいます。

 ですから財布を置いた場所を忘れても、見た記憶が残っていないので「置いた場所を忘れた」とも思っていないのです。そして財布を探して、ないと、どうしてないのか分からないので不安になります。そこで「これは盗まれたからないのだ」と結論づけて、不安から逃れるのです。

 認知症の人がなぜそういう行動をするのかという根本を理解すること、これが認知症の方の介護の第一歩なのではないでしょうか。






(上毛新聞 2008年10月9日掲載)