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呑龍クリニック院長 福島 和昭(東京都新宿区)



【略歴】前橋高、慶応大医学部卒。麻酔学を学ぶため、米国に留学。群馬大医学部助教授、防衛医大教授を経て、慶応大医学部教授。2004年4月から太田市の呑龍クリニック院長。



麻酔事故


◎委員会創設し防止を


 私が麻酔を学び始めたのは米国で今から五十年前です。当時の麻酔器は単純でした。エーテルの気化器も正確な濃度は分からず、麻酔深度はほとんど、患者の血圧、心拍数、呼吸数、瞳孔の大小、皮膚の色、体温などの変化を頼りにしていました。現在のようなハイテクを利用した高度の患者監視装置やそれに伴う進歩した麻酔器とは全く無縁だったのです。

 麻酔関連器具が進歩しても、麻酔中の患者の状態は分単位で変化するので、麻酔が長時間にわたっても患者から目を離せないことは昔と変わりません。また、使用薬剤がすべて劇薬、毒薬で、それらは中枢神経、循環・呼吸の機能を抑制します。従って常に危険を伴いながら安全な麻酔をかけることが求められます。

 麻酔医の仕事がパイロットの業務と比較されるように、麻酔事故も飛行機事故に例えられます。麻酔導入は飛行機の離陸に相当し、麻酔の維持は大空の飛行、麻酔の覚醒(かくせい)は着陸に相当します。飛行機事故では離陸時の三分、着陸時の八分の計十一分が魔の時間帯で事故発生の危険が高いとされています。麻酔事故の発生も導入時30%、手術麻酔中50%、麻酔終了覚醒時20%と報告されています。

 しかし、麻酔医の注意力、緊張感が強いられるのはパイロットの魔の十一分より長いです。また、航空機事故の頻度は十億回の飛行で一回ですが、米国の麻酔事故による死亡は十万人に一人、日本の場合は一万例につき○・二五例といいます。

 わが国の医療事故では手術、注射によるミスが多く、それぞれ30%、24%であり、麻酔事故は9%。麻酔事故は不適切な気道確保と呼吸管理・薬物投与が主な原因です。全身麻酔をかけると患者の意識は全く消失し、無防備の状態になります。自分の意思で自分を守ったり、マイナスの事態に陥った場合それに対応することができません。

 このような状態では、麻酔中の異常は麻酔医が早く発見し、対処する以外にありません。麻酔事故死の最大の原因は酸素不足であり、低酸素が続けば死に至ります。事故発生から治療までの時間が生体の回復の有無を左右します。

 ハイテク装備の飛行機も麻酔器も事故発生をゼロにすることは不可能です。いずれの事故も人為的エラーと機械的エラーの二つに分けられ、麻酔事故と飛行機事故の90%は人為的エラーによると報告されています。

 こうした医療事故に対して、政府は、有職者による医療安全調査委員会を一刻も早く創設すべきだと考えます。




(上毛新聞 2008年11月1日掲載)