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前橋工科大大学院工学研究科教授 小林 享(前橋市鶴が谷町)



【略歴】新潟県出身。運輸省港湾技術研究所主任研究官などを経て2001年から現職。工学博士。著書『移ろいの風景論』(土木学会賞)『食文化の風景学』(観光著作賞)等。



地域の景観文化


◎観光につなげる視線を



 私の専門とする景観の分野で、最近の話題といえば、先月一日に産声を上げた「観光庁」である。

 ここ群馬県でもしばらく前から「観光立県」の文字を目にしてきたように思う。国はもとより、県をあげて「観光」に取り組む姿勢は、私の分野に限らず、多くの人々にとってまことに歓迎すべきことであろう。

 この「観光」において欠かせないものの一つに「景観」がある。景観といえば、二〇〇五年に施行された「景観法」の言葉が耳に新しい。

 美を感じ取ることのできない混沌(こんとん)とした景観を生み出してきた国土行政の反省がこの法律を生んだ。つまり、量的充足に目を奪われるのではなく質の充実へと向かうという、社会資本整備の考え方の転換である。

 さて、今日、全国を見渡すと、景観法の庇護(ひご)のもと独自に景観計画を定め景観行政を行える「景観行政団体」へとこぞって名乗りを上げている。しかし、認定は伝家の宝刀でもないし、免罪符にもならない。

 景観法は一見便利で自由度の高い法律である。が、それ故の危うさや怖さがある。細かいことは各自治体の条例に委ねられるのである。だから、景観を活(い)かしたまちづくりには品格も出れば、嫌味も出る。それぞれの事情に見合った知恵を出さねばならないのである。

 ところで、景観に関する根拠法となるこの法律の基本理念に流れているのは、景観の文化としての価値である。それをわれわれ国民の「共有の資産」であるとしたところに最大の値打ちがあるといえる。

 そして今われわれが立っているのは、一人一人がそれぞれの地域の景観の価値を理解し、それを守っていくことの重要性を自覚するという時代なのである。

 では、何が求められるのか。とりあえずは気負わずに、身の回りに目を向け、自分の住まう地域の歴史や文化や自然を分かりやすく説明できるようにしよう。

 しかしその力を身につけるには、それ相応の知的レッスンが必要で、こと景観に関しては五感の訓練が大切である。

 というのも、景観とは映像を見るのとは違い、生身の体が自分を取り巻く環境と直(じか)に接することを前提にしているからである。見た目ばかりでなく、音も、匂(にお)いも、味もある。景観文化とは五感が欠かせないのである。

 各人が五感を磨き、地域の景観の文化を理解すれば、「景観」と「観光」との間に新しい風が吹こう。それが真の「国際交流」や「地域交流」の下地となる。

 そのためにも、地域に対する愛着や誇りを持てるように、幼いうちからの地域のアイデンティティーに関(かか)わる教育が望まれるのである。







(上毛新聞 2008年11月18日掲載)