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ワイン醸造責任者 仁林 欣也(山梨県甲州市)



【略歴】館林市出身。立正大経済学部卒。地方公務員を4年で退職。山梨でブドウ栽培と醸造を実地で学び、2002年からシャトージュン(株)の醸造責任者として勤務。



ワイン


◎農本来の姿で造りたい



 今年はブドウ作りにとって非常に難しい年。ここ勝沼では、八月初旬にひょう害に二度も遭い、中旬からは夕立と呼ぶにはかなりリッチな激しい雨が連日のように降った。ブドウは水分を吸い上げ、糖度の上昇を妨げ、病害を発生させた。栽培から醸造に至るまで、最近ではいろいろな理論がある。正解はなく、品質主義の試行錯誤が繰り返されている。雨が多い日本ではワイン用のブドウ栽培は無理といわれるが、これらの悪条件も克服しなければ、ワイン文化は根付かない。ワインとはまさに農業そのものだ。

 シャトージュンでは、自社の意向を強く反映させるための自園三カ所と、六人の農家との契約栽培で主力ワインの原料をまかなう。困ったことに今年はそのすべてにおいて、結果が良くない。完熟した果実のみを使用すること。それこそが美味(おい)しいワインになる第一条件だと考え、栽培者の協力のもと、いわゆる遅摘みといわれる状態で収穫を行うようにしている。ところが今年は例年より十日以上も早く農家から連絡が入った。これ以上収穫を遅らせると予定収量を割り込んでしまうというのだ。

 毎年高品質な原料を生産する農家からこんな連絡を受けるのは初めてのこと。あらためて今年の厳しい栽培環境を認識した。ある品種は例年の35%ほどの収穫量で、数量を確保できたものでも糖度は軒並み低い。近年の国産ワインの注目度をよそに健全に熟したブドウからいつもと変わらぬワイン造りをしていたものには最大のピンチだ。醸造には細心の注意を払って取り組むことになるだろう。

 よくワインは農産物であるといわれる。食品工業としてのワイン造りなのか、農業の延長線上のそれなのかは常に議論されるところだ。私は農産物としてのワインという考えで仕事をしてゆきたい。今年は購入価格を決めることが本当に難しい。もともと栽培からスタートしたワイン生活なので、栽培者の立場もよくわかる。ブドウに軸足を置いたワイナリーとして、簡単に糖度や契約数量で価格を決定することは心情的に難しく、現状支払っている金額も決して高いものではない。

 発酵管理のため夜中訪れる蔵の中で考える。このワインにかかわる人たちが、みんなハッピーになれる方法はないものだろうか。良いブドウから造られる良いワインが、飲み手の心を動かす。必要以上に稼がなくてもいい。自分の仕事に誇りを持って、自然の力を受け入れ、時には克服しながら日々を過ごす。牛一頭、畑一枚で暮らしてゆけることが農業本来の姿ではないだろうか。







(上毛新聞 2008年11月19日掲載)